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千歳先輩の興味の対象


「千歳先輩は、どうしてあんまり学校に来ないんですか?」

いつだったか、千歳先輩にそう聞いたことがある。別にどうしても知りたかったわけではなくて、その日は珍しく千歳先輩が美化委員の集まりに来ていて、ちょうど席が隣だったから、なんとなく聞いてみたんだ。
初めは委員会をさぼっているだけなのかと思っていたけど、授業も結構休んでいると、先輩たちが話していたし。

千歳先輩は不思議そうに、ちゃんと来とぉよ、今、と言った。

そうじゃなくて、今は来てるけど、前回も前々回もいなかったから、なんでかなって思ったんです、と私は続けて尋ねた。

もしかして千歳先輩と私はちょっとズレてるんだろうか。それならもう会話はここで打ち切ろうか。そう思って、横に向けていた体を少し前に戻そうとしたら、千歳先輩が口を開いた。

「興味あっこつ、いっぱいあるけんね。じーっと教室に留まっとるんはもったいなか。」

そう言いながら千歳先輩は窓の外を見ていた。もったいないとかじゃなくて授業はちゃんと受けなくちゃと思いつつも、窓の外を見て「興味あること」に思いをはせている千歳先輩には、なんだか私の言葉が届かないような気がして、私はそのまま口をつぐんだ。


*


千歳先輩は、それからもたまにふらっと思い出したように委員会に顔を出すくらいで、毎回は出席しなかった。その度に、なんで来ないんだろう、と少し腹を立てていたのだけど、気がついたら、だんだんと、今千歳先輩がここへ来ないで追いかけている興味の対象はなんなんだろう、と考えるようになっていった。

今は、一体何を探して、追いかけてるんだろう。そう思いながらぼーっと窓の外を眺めていると、ふいに腕をツンツンとつつかれ、意識が現実に引き戻された。いけない、今、委員会の集まりだった。例によって、今日も千歳先輩は来ていないけど。

「神崎さん、大丈夫?最後まで手あげへんから、裏山の掃除担当になってもたけど。」

私の腕をつついてくれた同じクラスの美化委員の佐藤君の言葉に驚いて黒板を見ると、裏山以外の区域には、全て名前が埋まっていた。

そうだ、今日は、掃除の担当場所を決める日だったっけ。今月はピカピカ月間らしく、普段放課後にみんなでする掃除に加えて、早朝に美化委員が掃除をするんだ。

裏山は広いし、落ち葉は集めても集めても落ちてくるしで、一番人気がない。

「ああ、うん、まあしょうがないよ。ぼーっとしてた私が悪いし。」

「堪忍な、もっとはよ声かけりゃーよかったな。めっちゃ掃除場所悩んでんのかと思っててん。落ち葉重いし、場所変わったろか?」

俺、職員室やからあったかいでー、と笑う佐藤君に、ありがとう、でも大丈夫、と笑い返した。

ほな、残った二人は裏山でええなー、と言いながら、美化委員の書記の人が黒板の「裏山」の下に名前を書いた。私と、そして千歳先輩の名前を。

考えてみたら当たり前だった。今日来てないんだから、希望の出しようがないし、残ったものになるよね。

これから一ヶ月、早朝に裏山を掃除。寒いし眠たいし広いし大変だけど、千歳先輩と一緒なら、楽しみかもしれない、なんてちょっと思った。


*


早朝の裏山掃除を初めて、三日目、ようやく私ののんきな考えの誤りに気がついた。委員会の集まりにさえなかなか来ない人が、わざわざ早朝の掃除に来るはずがなかった。

今日も一人か、とため息をついた瞬間、ガサ、と後ろから物音が聞こえた。

もしかして、と期待しながら振り向くと、木の間から猫が出てきた。

なんだ、と肩を落しながら猫に手を差し出すと、猫はチラと一瞥してからフイとそっぽを向いた。そんな猫の様子が、私以外の何かにいつも夢中な千歳先輩とかぶって、なんだか切なくなってしゃがみこんで俯いた。

「しゃがみこんでどげんしたと?」

「え?」

猫がしゃべった、とびっくりして顔をあげると、木の後ろから千歳先輩が顔を出していた。

「さっせん。掃除んこと、昨日聞いたばい。二日間一人で掃除させてしもうたね。」

千歳先輩は、千歳先輩が来たことに驚いてかたまっている私を見て、怒っとぉ?とすまなさそうに聞いてきた。

「怒ってないですよ。」

私がそう言っても、千歳先輩は、ほんなこつ怒ってなか、と不安そうだった。もっと飄々としているイメージだったけど、こういうところはちゃん気にするんだ。確かにちょっと寂しかったけど、怒ってないのは本当だから、私は笑顔で続けた。

「本当に怒ってないですよ。それにちゃんと出てきてくれて嬉しいですし。」

だって、なんだか千歳先輩の興味の対象に勝ったみたいな気持ちだ。実際は、掃除をしなきゃという義務感から来てるんだろうけど、ちょっとくらい意図的な勘違いで嬉しがっても、ばちは当たらないはず。

笑う私とは反対に、千歳先輩は、なんだか眉を下げて俯いていた。千歳先輩、背高いから、俯いても、表情全部見えちゃうな、なんて場違いなことを考えていると、千歳先輩は口を開いた。

「なして、神崎はそげなこつ言うっちゃろね。」

質問、というより、独り言みたい千歳先輩はそう言った。

「なして学校に来なかんかっち聞かれて、俺に興味ばもっちくれたんかち思ってちょこっと嬉しかったんに、そういうわけじゃなかみたいやし。さっきだって、俺のことなんちいっちょん興味なかくせして、俺が来て嬉しいとか言うし。」

私が口を開くと、千歳先輩は私の言葉を遮るように手を前に出して、寂しそうに笑って言った。

「わかっとぉよ。深い意味なんちないっちゃろ。」

千歳先輩は気持ちを切り替えるように、さあ、一緒に掃除せんね、と笑った。

落ち葉を集め出した千歳先輩の服のすそを、引き止めるようにぎゅっと掴んだ。

「ん?」

「千歳先輩に興味ないとか、そんなの、違います。千歳先輩が委員会に来ないと、千歳先輩、今は何を追いかけてるのかなって、気になるんです。千歳先輩の興味の対象に自分が入れないのが寂しくて、せめて千歳先輩と同じものを見たくて、窓の外をぼーっと見てみたけど、千歳先輩のことしか頭に浮かばなくて、きっとこれは千歳先輩が見ていたものとは違うんだって思って、もっと悲しくなったんです。ここの掃除だって、大変だけど千歳先輩と一緒なら楽しみだなって、思ってたんですよ。」

驚いたような顔をする千歳先輩の顔を見上げて、だから、千歳先輩に興味ないとか、そんなことはないんです、と言い切った。

千歳先輩はしばらく驚いた顔のままかたまっていたけど、その後、ふわっと嬉しそうに笑った。

「なら、これからは神崎んこと、追いかけてもよか?」

どういう意味かな、と思って首を傾げると、千歳先輩はかがんで、私のおでこにおでこをくっつけた。顔の近さにドキドキしている私をよそに、千歳先輩は囁いた。

「俺、興味ばあるもんは、探して追いかけたくなるったい。今までは神崎が俺んこと興味なかと思って遠慮してたっちゃけど、そーやなかったみたいやし。覚悟しなっせ。」

覚悟しなっせ、と囁く千歳先輩の低い声が耳から入ってきて、体が甘くしびれた。

追いかけるから覚悟しておけだなんて言われても、不思議と嫌ではなかった。むしろ千歳先輩の興味の対象に入れて、嬉しいと感じてしまった。きっと、いまさら覚悟するもなにも、もうずっと前から私は千歳先輩につかまってるんだろう。

「はい、ちゃんと、私を見て、追いかけて下さいね。」

笑ってそう言うと、千歳先輩も嬉しそうに笑った。

「当たり前ばい。」





笑かしたモン勝ち企画

すんさんのリクエストで「千歳と先輩後輩設定で両想いだけどすれ違いで切なく最後は甘いお話」でした。

リクエストありがとうございました!


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