なんだか可愛い一氏君
今日はDVDを観まくろう。そう思って近所のレンタルショップに来た。
前から観たかった映画やなんとなく気になった映画をポンポンカゴに入れていく。カゴが重くなるにつれて、気持ちは軽くなっていった。
美味しいお茶入れて、のんびり観よう。キャラメルポップコーンを食べるのもいいな。映画館では、映画に集中したいから、一切飲食をしないけど、家でDVDを観るときは、これでもかってくらい、だるーんとくつろいで観るのが好きだ。
あと一個新作をカゴに入れたらレジ行こうかな、と思いながら新作コーナーを見ると、私の大好きな女優さんが出ている映画が置いてあった。これ、もうDVDレンタルされてたんだ。映画館で上演してる時、見忘れちゃったんだよね。
そのDVDはとても人気らしく、ケースは10個くらいあるのに、中身のDVDが入っているのは1個だけだった。
全部借りられてなくてよかった、と思いながら手をのばすも、そのDVDを自分のカゴに入れることはできなかった。
なぜなら私の隣からも、そのDVDに手がのびていたからだ。
DVDから手を離さないまま隣を見ると、そこにいたのはクラスメートの一氏君だった。一氏君も手をDVDから離さないまま、私をじっと見ていた。
「えっと、観たいんだよね。私、他にもたくさん借りてるから、一氏君が借りていいよ。」
一氏君は数秒の間の後、真顔のまま、アカン、と言った。
「よぉ見てみぃ。神崎の手の上に俺の手のってるやん。つまり神崎のが先に手のばしてたんや。せやから、そんな、神崎が譲るとかアカン。」
「じゃあ、私借りていい?」
そう言ってDVDをケースから取り出そうとしたのだけど、私の手の上にのせられた一氏君の手がびくともしないせいで、全く動かせなかった。
「一氏君?」
どうしたんだ、と一氏君の名前を呼んで様子を見ると、一氏君はDVDにのばしていない方の手で頭のかかえてうなだれた。
「ううっ、これ今日からレンタルやねん。観たかった、…観たかったな。なんで俺もっとはよ来なかったんや。オカンに頼まれた買い出し、後回しにすりゃよかったわ。」
一氏君はひとしきり嘆き終わると、私の手をDVDに強く押し付けるようにのせていた手の力を弱めた。
そして、すごく苦しそうに、口を開いた。
「…気にせんと、神崎借りぃや。」
…いや、借りにくいよ!
そりゃあ、私だって観たかったけど、こんなに全力で嘆く一氏君から譲ってもらっちゃったら、きっと部屋で観てても楽しめないよ。クライマックスのあたりで、一氏君の顔がちらつくのが容易に想像できた。
「一氏君、気にしないで借りなよ。」
「いやいやアカン。神崎が借り。」
「…なんていうか、こんなに観たがってる一氏君から譲ってもらっちゃったら、それが気になって映画に集中できない気がするから、もう一氏君、本当借りて。お願い。」
なんで私がお願いしてるんだろう、と思わなくもなかったけど、とにかく早く家でのDVDタイムを楽しみたくて口早にそう言った。
一氏君は、うっ、と唸って、やっと私の手の上から手をどけた。なんだか力を入れられすぎて、手がじんじんしてる。
私はケースからDVDを抜きとって、一氏君に差し出した。
「はい、どうぞ。」
一氏君は、なぜか受け取らず、悔しそうな顔をした。うん、本当なんで悔しそうなんだ。
「…俺、めっちゃちっこい人間みたいやんけ!DVD譲った神崎がめっちゃえらい人間みたいやんけ!」
「じゃあ私借りていいの。」
少し困って眉を下げながら聞くと、一氏君は目を泳がせてから、ボソッと言った。
「……観たい。」
「一氏君、…めんどくさい。」
「ひどっ!」
「ひどくない!私が借りるのもダメ、一氏君が借りるのもダメって、じゃあどうしたらいいの。私早くDVD観たいの。美味しいお茶と、キャラメルポップコーンと一緒にくつろぎたいの。ポップコーン食べ終わったら毛布でごろごろしながら観るの。とにかくまったりゆったりな映画タイムを楽しみたいから、どうするのか早く決めて。10秒以内。はい、10、9、8…」
「カウントダウン早っ、それ1秒間隔ちゃうやん!」
「5、4、3…」
焦る一氏君をスルーしてカウントダウンを続けると、一氏君は、うわわわわ、とさらに焦った。焦る一氏君を、ちょっと可愛いと思ってしまったけど、それは気のせいだと思うことにした。
「よし、わかった!ほな、こーしよ。うん、そーしよ。」
カウントが0になる一瞬前に、一氏君は一人で頷きながらそう言った。
「どうするの?」
一氏君はこうするんや、と言って、私のカゴにDVDを入れた。結局DVDを観るの諦めたんだろうか、と考えていると、一氏君は、さっと私のカゴを持って歩き出した。
「え、なになに?」
「ん?解決策。DVD全部一緒に借りて、一緒観たらええやん。俺んちで。」
一氏君はさも名案だと言いたげな表情で私を見ながら、割り勘やから、半額やでー、お得やお得と言った。いや、確かに半額だけど…。
私が黙っていると、一氏君は足を止めた。
「なんなん?なんかアカンのか?」
「いや、アカンっていうか、お茶とキャラメルポップコーンとか、くつろぎが欲しいんだけど、」
「お茶もポップコーンも出したるから。」
キャラメルだよ?というと、おん、キャラメルな、と一氏君は頷いた。
「ポップコーン食べ終わったら、毛布にくるまって横になって観たい。」
「毛布貸したるから。ふっわふっわのやつ。」
他になにか断る理由を考えたけど、なにも出てこなかった。それに、ここで私がごねたら、またふりだしに戻りそうだなと思って、一氏君の案にのることにした。
「…じゃあそうする。」
「おっしゃ、決定やな。」
一氏君はDVDを無事に借りられるのが嬉しいみたいで、さっきまでの真顔をひっこめて、にしっと笑った。
DVDを一緒に借りて、一氏君の家に向かう途中、コンビニに寄って、お菓子をいくつか買いこんだ。さっきまでちょっとテンション下がりぎみだったけど、こういうのってなんか楽しいな、とまたクワクしてきた。
DVDやお菓子とかの荷物は、さりげなく全部一氏君が持ってくれた。一個持つよ、と言ったら、あ?俺の腕力なめんなや、と言われてしまった。
あ?なんてすごんでも、さっきDVD一枚でずっとごねていた人だと思うと全く怖くなくて、むしろギャップに笑いそうになってしまった。
「なんかデートみたいだね。」
なんとはなしに笑いながらそう言うと、さっきまで鼻歌でも歌い出しそうなくらい楽しげだった一氏君は、ピシリとかたまった。
「うわあ、俺、ちゃうねん!別に家に連れ込もうとか、やましいことなんもないねん!家オカンとか普通におるし!」
「いや、なんかごめん、そこまで盛大に反応されるとは思わなかった。」
私が、大丈夫、わかってるわかってる、と言っても、一氏君は、ちゃうねんちゃうねん!と繰り返した。
「なんか、一氏君って、」
私がそこで一旦口をつぐむと、一氏君はキッと私を見た。
「また、めんどくさいっちゅーんやろ。」
「いや、まあちょっとめんどくさいけど、なんか可愛いね。」
「はあ?可愛いとか、なっんも嬉しないねんけど!」
そう言った一氏君の目つきはとても鋭かったけど、一旦可愛いと思ってしまうと、それさえも可愛く感じてしまう不思議。
「いいじゃん、魅力的だって言ってるんだよ。褒めてる、褒めてる。」
一氏君はムスッとしながら、また足を進めた。
「ほら、はよ行くで。DVDが逃げ出したらどないすんねん。」
「逃げない、逃げない。」
速足で進む一氏君に追いつこうと小走りで追いかけた。私が隣に追いつくと、一氏君は歩きながら私の腕を掴んだ。
「神崎が置いてかれへんように腕持ったってんねん。どや、かっこええやろ。」
一氏君は、せやから可愛いとかやないねん、俺は、と続けた。
「うん、かっこいいね、一氏君。」
私が若干笑いをこらえながらそう言うと、一氏君は満足げに笑った。
なんていうか、やっぱり可愛いよ、一氏君。
こんなに可愛い一氏君の一面を新たに知れて、なんだか嬉しくなった。
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