short | ナノ


侑士君にあっためられる


寒い、寒い寒い。

今日はマフラーをするのを忘れてしまって、首にあたる冷たい風が痛い。なおかつ太陽のあるうちでさえ寒くて凍えそうなのに、委員会で帰りが遅くなってあたりは真っ暗。もう、冬いやだ。


あまりに寒くて家まで辿り着けそうにないと思って、ちょうど道沿いにあった公園に自転車を停めた。自販機でホットココアを買って、隣のベンチに腰掛けた。

ホットココアのペットボトルはあったかくて、持ってる手がジンジンした。体の中からあっためようと思って、かじかんだ手でなんとかふたを開けるも、熱くて飲めない。そうだ、私、猫舌だった。

結局あっためられたのは手の平だけで、後は寒いまま。もう、このまま帰った方がいいんじゃないかという気がしてきた。早くあったかいお風呂につかりたい。


寒くて動きにくい体になんとか気合いを入れてベンチから立ち上がった。でも、あまりに寒くて、それから一歩も動けなかった。

だんだんとココアが冷めて来て、唯一あったたかかった手も冷たくなってきた。もう寒い、寒い。


「神崎?何しとんの?」

「あ、おお忍足、君、」

名前を呼ばれ俯きがちだった首をギギギッとぎこちなく動かして声の方を見るとクラスメートの忍足君がいた。寒くて声も震えてしまった。

「ほんまにどないしたん?どっか痛いん?熱でもあるん?」

忍足君は心配そうな表情で、私のおでこに手を伸ばした。クールな外見とは裏腹に、忍足君の手はあったかくて、忍足君に触れられたおでこだけ、じんわりとした。

「だ、だだいじょ、ぶ、さささむい、だけ、だから、」

口を開くと歯がガチガチと鳴ってしまい、うまく話せなかった。それでも忍足君は理解してくれたみたいで、今日ほんま寒いもんな、と柔らかく言った。


忍足君は、うーん、と少し考えるようなそぶりをした。もしかして、寒くて帰りたいのに、私が動かないから、優しい忍足君は帰れなくて困ってるんじゃないだろうか。きっとそうだ。忍足君優しい。

すぐ帰るから、忍足君も先に帰って大丈夫だよ、と言おうと、ガタガタ鳴る口を小さく開いたとこらで、急に、ふわっと忍足君の腕の中に包み込まれた。あったかい、ふわふわする、…じゃなくて!どうしてこんな状況になってるんだ。

動揺する私には気づいていないのか、忍足君はさっきまでとなんら変わらない柔らかい口調で言った。

「寒いんやろ?くっついたら、ちったーあったかいで。」

確かに、ココアであったまろうとしていたさっきより、今の方があったかい。

「あ、ああありりがとう。」

寒くてまたろれつが上手く回らなかったけど、忍足君はそれを馬鹿にして笑ったりはしなくて、さらにあったかくなるように背中をさすってくれたり、両手で耳から頬っぺたを包み込んでくれたりした。

気がついたらいつの間にか、首には忍足君がしていたマフラーがされていた。


なんだか、すごく不思議な状況だよね。クラスの男の子の中ではわりとよく話す方だけど、手を繋いだこともない人に、私今抱きしめられてる。でも、あったかいからいいか、なんて納得してしまう私の頭は、きっと寒さのせいで思考回路が凍っているんだろう。

「忍足君も、寒さで思考回路凍っちゃったの?」

私がそう言うと、忍足君は不思議そうな声を出した。

「ん、なんで?ちゃんと頭働いとるで。」


そっか、頭働いてるのに抱きしめてあっためるというびっくりな行為をするということは、忍足君の中ではこれは自然なのか。また誰かが私と同じように凍えてたら、優しい忍足君は抱きしめてあっためるんだろう。

なんでかわからないけど、胸が少し痛くなった。

「やっぱり、冬は、嫌いだ。」

小さな声で呟いたんだけど、忍足君の腕の中という非常に至近距離にいるから、忍足君に聞こえたみたいだった。

「神崎、寒いん苦手やもんね。」

「うん。」

本当はそれだけじゃないんだけど、忍足君に私の自分でもよくわからない気持ちを悟られないように、私はすぐに頷いた。

「俺は冬、嫌いやないで。」

忍足君は、ぎゅーっとさっきより抱きしめる力を強くした。あったかい。

「神崎んこと、抱きしめても嫌がられへんし。冬、好きやな。」

どういう意味だろうと、首をもぞもぞと動かして忍足君を見上げると、忍足君と目があった。

「なんでそこで不思議そうな顔するん?もしかして嫌がっとったん?」

「嫌じゃないけど、嫌。」

「ん?」

「私をぎゅーってしてくれるのは嬉しいから嫌じゃないけど、他の子をぎゅーってするのは、悲しいから嫌。」

「へ?」

忍足君は驚いたように、軽く目を見開いた。いくら優しい忍足君でも、こんなこと言われたら困っちゃうよね。忍足君の顔が見られなくなって、俯いた。

「えっと、神崎?俺、誰でもかれでも抱きしめるような節操なしとちゃうで?」

「節操なしなんかじゃないよ。忍足君は優しいんだよね!」

ちゃんとわかってるよ、と力強く言うと、忍足君は、はぁー、と大きくため息をついた。

「んな優しくなんかあらへんて。」

「いやいや、優しいって。今だってこうやってあっためてくれてるし。」

「優しくなんかあらへんよ。やって、神崎が寒いん苦手なん知ってるのに、もっと冷たい風吹かへんかなーとか思ってるし。そしたら神崎がしがみついてくれるから。それに、こうやって抱きしめてたら、俺んこと意識して好きになったりせーへんかな、とか思ってるし。」

忍足君は、柔らかく笑ってから、続けた。

「ほらな、優しくなんかないねん。すまんな。これからも凍えてたら、俺にあっためさせたって。他の奴んとこなんか行かんといてな。」

コク、と頷くと、ええ子やね、と頭を撫でてくれた。

「…やっぱり、冬、好き。」

小さく笑いながらそう言うと、忍足君も同じように笑った。

「俺は、神崎が好き。」


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