白石君に追いかけられる
最近運動不足だったからか、そんなに走ってないのにもう息がつらい。それでも私が足を止められないのは、白石君が後ろから追いかけてくるからだ。
事の発端は、友達との何気ない会話だった。
「イルミネーション見たいなー。」
あれ見ると、冬だなーって感じするよね、と言うと、友達は、そうだねー、と頷いた。
普段はそれなりに人がいる中庭のベンチも、寒さの為か、今日は私と友達しかいない。
「でも、ああいうのは彼氏と行きたいなー。彼氏いないけどさー。謙也君とかと行けたら楽しそうだよね。ま、クラス一緒って接点しかないし、無理か。伊織は誰と行きたい?」
「だ、誰とか、別にないし、」
私が目を泳がせると、友達は、楽しそうに笑った。
「そうだよねー、伊織は白石君一筋か、」
「な、違うし、白石君と行きたいとか思ってないし。」
「じゃあ誰よ。」
どうせ白石君以外とは行きたくないくせに、と言いたげなこの友達には、私が白石を好きな事だなんてとっくにバレてるんだけど、なんだか恥ずかしくて、私は違う人の名前を言った。
「…千歳君。」
「千歳君?なんで?」
「えっと、優しいし、こないだクラスのノート集めて運んでたら、貸しなっせって言って運んでくれたし、熊本弁なんか可愛いし、背高いし、」
私、何必死になってるんだろう。
恥ずかしいけど、もうどうせバレてるんだし、白石君と一緒に行きたいって認めちゃおうと口を開きかけると、後ろから楽しそうな笑い声が聞こえた。
「嬉しかねー。そぎゃんこと思ってくれとったと?」
この独特な話し方は、千歳君だ。
こんな寒い時期に中庭に来る人なんていないだろうと気を抜いていたのに、まさか話題にのぼっていた人物が通り掛かるなんて。
勝手に話題にしちゃってごめんね、と言おうと振り返った私は、ほがらかに笑う千歳君の隣に白石君の姿を見つけて愕然とした。
「楽しそうな話しとるやん、なあ、神崎。」
白石君だ、どうしよう、聞かれただろうか。あんな不自然に否定してたのなんて聞かれてたら白石君を好きってことバレたんじゃないだろうか、と白石君の顔をうかがうと、白石君はどことなく不機嫌そうだった。やっぱり、バレてる!しかも、嫌がられてる!
「なあ、なんで何も言わへんの?口きかれへんようになってしもたん?」
白石君がそう言いながら笑顔で一歩近づいくるのを見て、私は立ち上がってダッと駆け出した。
冷静に考えたら、こんな感じ悪いことするなんてありえないのだけど、白石君に好きって気づかれたことと、白石君が距離をつめてくることに動揺してしまって、逃げる以外の選択肢が浮かばなかったのだ。
そして今、私はまだ白石君に追いかけられている。なんで追いかけてくるんだ、白石君。
あとちょっとで追いつかれる、というところで、倉庫に逃げ込んだ。中から鍵ができる引き戸でよかった。
引き戸に背中をあずけて、ふう、とため息をついたら、泣きそうになってしまった。
…私、何してるんだろう。
あんな形で、好きって伝えるつもりなんて、全然なかったのに。
可愛らしい封筒に可愛らしいシールで封をして、靴箱に入れるつもりだったんだ。直接顔を見るといつも素直になれないから、少しでも可愛いって思われたくて。
さっきだって、勝手に白石君のこと話しちゃってごめんってすぐに謝ればよかったのに、動揺して逃げちゃうし。…ほんと、可愛くない。
もう一回ため息をつくと、引き戸の向こうで白石君が座る音が聞こえた。ギィっという音がなって、引き戸が軽く押された。白石君も同じ扉に背中をあずけてるんだろう。泣き声を聞かせたくなかったから、下唇を噛んで、泣くのを我慢した。
しばらくお互い沈黙していたけど、ふいに白石君が、なあ、と口を開いた。
「は、い。」
返事をすると、戸惑った雰囲気が扉の向こうから伝わってきた。
「泣いてるん?」
泣いてない、って言いたかったけど、今声を出したらさっきみたいに声が震えてしまいそうで返事ができなかった。
「…俺が、追いかけたからなん?」
白石君はなんだか申し訳なさそうな、寂しそうな声音でそう言った。
「ち、ちがっ、私が勝手に、白石君のせいじゃない、」
やっぱり声は震えてしまったけど、私のせいで白石君に申し訳なさそうな声を出して欲しくなくて、私は続けた。
「あんな形で、好きって、伝えたくなくて、」
これ以上言わなくてもいいって頭は言うのに、白石君の、うん、っていう相槌がとても優しかったから、私は止まらなくなってしまった。
「本当は、可愛い手紙、渡すつもりだったの、いつも素直になれないし、可愛くないこと言うし、だからせめて、少しは印象よくしたくて、手紙、何種類も用意して、毎晩どれがいいかなって考えて、…ちょっとでも可愛いって、思われたくて。なのに、」
あんな可愛くない会話から伝わるだなんて、もう最悪だ。
涙をこらえて目に力を入れた。
「可愛くないなんてこと、ないで。」
白石君はさっきまでの不機嫌さはどこかへ行ったみたいで、いつものように穏やかに言った。
「あんな形で伝えたくなかったって言うとるけど、千歳喜んどったやん。嬉しかーって。」
なんで今千歳君の話が出てくるのかはわからなかったけど、白石君の声音が穏やかになったのになんだかホッとして、私は、うん、と頷いておいた。
「優しくて、可愛くて、背高い、かー。」
力なく、はは、と笑った白石君を不思議に思っていると、白石君は、なあ、と話しかけてきた。
「俺、優しい?」
「?白石君、優しいよ。」
今だって、こうやって優しく話を聞いてくれてるし。
「可愛い、はちょっと無理あるけど、神崎よりは背高いやんな?」
「うん、白石君、背高い。」
白石君の意図がわからなくて戸惑っていると、白石君は、ほんなら、と続けた。
「3つのうち2つはクリアしとるやん。せやから、千歳やめて俺にしとき。」
「…へ?」
千歳やめて俺にしとき?
どういう意味だ、そんな、まさか、いやいやありえない、期待なんてしちゃだめだ。落ち着け、私。
「へ、とか傷つくわ。全く眼中にないってことなん?」
なんだ、これは、どういう事だ、だって、こんなの、…まるで白石君が、私の事を好きみたいじゃないか。
「あの、」
「ん、どないしたん?」
「白石君が追いかけたのって、私が直接言う勇気もないくせに白石君を好きだってことでうるさくしてたから、なんだよね。」
私が戸惑いながら聞くと、白石君はたっぷりの間の後、はあっ?と言った。
「なんやねん、それ。ちょっと扉開けぇ、神崎。」
「え、やだやだ、無理、」
ええからはよ開けぇ、という白石君に無理無理、と拒否していると、ガタガタ、ガコッという音が聞こえて、扉が開いた。
「ま、開けてくれへんねやったら、こっちから開けるまでやけど。」
鍵かかってたのに、なんで、と固まっていると、ここの扉古いから、コツ掴んだら簡単に開くんやで、と教えてくれた。そんなコツなんて掴まなくてよかったのに!
「で、話戻すけど、…神崎が好きなのって、俺なん?」
何をいまさら。さらに傷口を広げる気か、と白石君を見ると、予想外に真剣な顔をしていて驚いた。
「…そう、です。」
白石君はただでさえ大きな目をさらに見開いてから、脱力したようにしゃがみこんだ。
「もう、なんなん、神崎、ほんま、なんなん。」
「なんなんって言われても、」
改めて気持ちを伝えて、なんなんって言われるとか、泣いてもいいだろうか。
白石君はしゃがみ込んだまま言った。
「わっかりにくいねん、自分。」
「ごめんなさい。」
「なんで逃げんねん、ほんま。」
「すみません。」
これ以上言われたら泣いてしまう、と思っていると、急に視界が暗くなった。
いきなりだったから、立ち上がった白石君に抱きしめられていると理解するのに、数秒かかってしまった。
「え、なんで、うそだ、白石、君?やだやだやだ、」
さっき走ったから汗くさいかも、心臓ばくばくいって破裂しそう、もうどうしたらいいんだ。
やだ、と言っても白石君の腕の力は緩まず、さらに強くなっただけだった。
「やだ、とか言わんといて。好きやねん。」
至近距離で聞こえた白石君の声とその内容に固まってしまうと、静かになった私を見て白石君はさらに続けた。
「話しかけてもさりげなく離れてくし、ノートやって、俺が手伝うって言った時は一人で大丈夫やからって拒否したくせに、千歳には素直に手伝ってもろてるし、…嫌われとるって、思うやんか。」
白石君は辛そうな声音で続けた。
「千歳に聞いたら、重いもん持ってたから助けただけで話したことないっちゅーから安心しとったのに、千歳のことめっちゃ褒めとるし、話しかけたら全力で逃げるし、追いかけたら泣かせてまうし、少しでも可愛く思われたいとか可愛いこというし、…でも可愛く思われたい相手って千歳やなくて、俺、なんやな。」
最後、白石君は嬉しそうにそう言うと、私の頭を後ろから包み込むようにしてさらにぎゅーと抱きしめた。
「もっとはよ言えばよかった。好きやねん、神崎が好きや。」
白石君の声はとっても優しくて、この声が私に向けられたものだということがすごく嬉しくて、私は抱きしめられるまま、白石君の胸に身をあずけた。白石君の腕の中、あったかい。なんだか、幸せ、だ。
「私も、白石君が好きです。」
なかなか素直になれない私だけど、白石君の腕の中に包まれたら、素直になれるみたい。
白石君は、素直に白石君にくっついてる私を見て、神崎かわええ、と嬉しそうに笑った。
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