木手君の主観による綺麗
例えば、花が10輪あったとして、何番目に咲くのが一番幸せなんだろう。
昔から考えてるけど、いまだに答えは出てないんだ。
教室の掃除中、一人でゴミを運んでいたら木手君が私の手からそれをさらった。
「自分の腕力では運べないような重いものを一人で運ぼうだなんて、君は馬鹿なんですか?」
こういうのは周りの筋肉馬鹿に任せておけばいいんですよ、と続けた木手君に、じゃあ木手君は筋肉馬鹿なの?とたずねると、ギロリと上から睨まれた。うん、ごめんなさい。
「ほら、何ボサッとしてるんです?早く行きますよ。」
「えー、木手君が運ぶなら私いらなくない?」
「いります。もともとは君の仕事なんですから、それを引き受けた俺の為に、何か暇つぶしになるような話をしなさいよ。」
暇つぶしに何か話せだなんてちょっと可愛いなー、なんて思っていたのがバレたのか、またギロリと睨まれた。…やっぱり可愛くない。
「うーん、暇つぶし、ね。」
重い物を持ってることを感じさせない足取りでスタスタと歩く木手君を少し早足で追いながら考えた。
「じゃあね、木手君は、もし10輪の花の中の1輪だったとして、いつ咲きたい?」
どういう意味だという視線を向けるだけで、馬鹿なこと言わないで下さい、くだらない、とか言わないでくれる木手君は、やっぱり実は優しいと思う。言ったら不機嫌になるから言わないけど。
「最初の1輪目だったらね、みんなにたくさん見られて『1輪目がやっと咲いた』って喜ばれるけど、他の花が咲きほこる頃には枯れちゃうの。10輪目だったら、最後まで『まだ咲かないかな』って注目されるけど、自分が咲く頃には周りは枯れちゃってるの。真ん中あたりに咲いたら、あんまり気にとめられないと思うんだ。」
木手君は黙って聞いてくれていたから、私はさらに続けた。
「だけどね、そんなことを考えずにただ咲くから、花は綺麗なのかな、とも思うんだ。」
木手君はズレてない眼鏡を直すような仕種をしてから、ゆっくりと答えた。
「何番目に咲くかは関係なく、自分の咲く時期だと思ったら、その時に咲きますね。それに、その花が綺麗かどうかなんて、所詮主観でしょう?」
意外とあっさりとした答えで、少し驚いた。でも、そっか、綺麗さなんて主観なんだよね。
うんうん、なんかちょっとスッキリ。
「つまり、俺からしたら、君が何番目に咲こうかなんて関係ないんですよ。」
「え、それはちょっとひどくない?もう少し私に興味持ってよ。」
木手君は、はあ、と小さくため息を一つついてから、少し眉を下げてちょっとだけ微笑んだ。
「君が何番目に咲こうが、俺の主観からしたら、君は綺麗なんですよ。それくらいわかりなさい。」
ぽかん、と軽く口を開けていると、間抜け面ですね、と笑われた。
「ほら、足が止まってますよ。早くなさい。」
「え、あっ、ごめんなさい。」
木手君の隣を歩きながら、木手君がさっき言った言葉を頭の中で再生した。
私が何番目に咲いても、木手君は綺麗だって思って見てくれるんだ。なんていうか、これは結構、嬉しい。
顔がにやけていたみたいで、木手君に、気持ち悪いですよ、しゃんとなさい、と叱られた。
「木手君が嬉しいこと言うから仕方ないんだよ。たぶん私、数日はこの顔のまま。」
「そうですか。綺麗とは程遠い顔ですね。」
えっ、ひどい、と言う私を遮るように、まあでも、と木手君が続けた。
「そういうの、可愛いと思いますよ、…なにしゃがみこんでるんです?」
なにしゃがみこんでるって、そんなの木手君の言葉に悶えたからに決まってるじゃないか!なんて言う余裕もなくて、私はパタパタと手を振って大丈夫だと示した。
木手君は、まったく、しょうがないですね、と軽くため息をついて微笑みながら、ゴミを片手に持ち直して、私に手を差し出した。
「ほら、手を貸してあげますから早く取りなさい。」
差し出された木手君の手は思ってたよりもあったかくて、なんだか気持ちまであったかくなった。
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