小春ちゃんと源氏物語
「1000年前なんて想像つかないや。」
いきなりこの子は何を言い出すんやろ、と思って伊織ちゃんを見ると、古典の教科書を見ていた。
ああ、そういえば、今日小テストやったっけ。
「てかね、源氏物語ってなんなの。光源氏、女の人とっかえひっかえ過ぎだよ。」
伊織ちゃんは、女の人が多過ぎてもうわけわかんない、と言って頭を抱えた。
「何八つ当たりしてんの。光源氏がモテたことと伊織ちゃんが古典苦手なことは関係あらへんやろ。」
うなだれていたおでこを人差し指でツンとつつくと、伊織ちゃんはううーっとうなった。
「じゃあさ、小春ちゃん、教えて。」
どこがわからへんの?と教科書を覗きこむと、伊織ちゃんは教科書を閉じてアタシを見た。
「光源氏は、たくさんの女の人に愛されたかったの?一人じゃだめだったの?」
おもろいことを考える子やな、と思って顔を覗くと、大まじめな顔をした伊織ちゃんと目があった。
「そうやね〜、どうなんやろう。確かに、1000年も昔のことはよくわからんね。」
小春ちゃんでもわかんないことってあるんだ、と言ってびっくりしたような嬉しいような顔をした伊織ちゃんに小さく笑ってから続けた。
「でも、アタシは、伊織ちゃんがおれば、他の女の子はいらんかな。」
「、っ!」
どんな反応されるかちょっと不安やったけど、あんまりおどけんとそう言うと、伊織ちゃんは両手で顔を覆って机に突っ伏した。
「小春ちゃんは、やっぱりなんでもわかるのかも。だって私が一番聞きたいこと、いつも教えてくれるんだもん。」
伊織ちゃんは机からちょっと顔をあげて、私もね、小春ちゃんがいれば他の男の子はいらないよ、と言った。
光源氏が一体何人の女性から愛されていたかはどうでもいいけれど、きっとその全ての愛情を足しても、この目の前の女の子へ感じる愛情には勝てへんのやろな、なんて、そんなことを思った。