7:ダブル忍足君
謙也君と学校の忍足君が別人だと気づいたあの電話の日からも電話はずっと続いていて、たまに東京や大阪で会ったりもしている。デートって言っていいのかわからないけど、心の中では密かにデートって呼んでる。
今日も実はそのデートの日で、朝からもうドキドキわくわく。
東京駅まで謙也君を迎えに行くと、私より先に着いていた謙也君は誰かと話していた。
東京に友達いたのかな、と不思議に思いながら近づくと、二人の会話が聞こえてきた。
「かーえーれーやー!」
「ええやん、別に。」
「ただの用事や言うとるやろ!もう、侑士帰れや!」
「せやから、わざわざ東京まで来る『用事』に興味あんねんて。」
よく見ると、謙也君と話していたのは、氷帝の忍足君だった。あれ、二人って知り合いだったのかな。
どうしよう、声かけない方がいいかな、と少し困っていると、謙也君より先に氷帝の忍足君の方が私に気づいた。
「あ、こないだの子ぉやん。」
「あー、神崎!…やなくて、えっと、伊織。すまんな待たせてもて。」
いまだに名前呼びに慣れないのか、伊織と呼ぶとき、謙也君は少し照れた顔をする。その度に、私までつられて照れてしまう。
ううん、私今来たから、謙也君の方が来たの早かったよ、と言おうとするのより早く、氷帝の忍足君に先に口を開かれた。
「ああ、せやせや、神崎さんやったね。ん、てかなんで謙也と知り合いなん?…ああ、もしかしてこの子と俺のふりして話してたん謙也なん?」
忍足君が私から謙也君に視線を動かして聞くと、謙也君はあわてたように、氷帝の忍足君の頭をパシッとはたいた。あ、めがねズレた。
「ちょっ、アホ!別に侑士のフリしとったわけとちゃうわ!てか、もう余計なこと言いなや!せっかくうまくいきよんねんから侑士はひっこんどき!侑士は伊織に近づいたらアカン!」
忍足君はつめよる謙也君を華麗にスルーして、私に向き直った。
「神崎さんの言っとった『忍足』って謙也んことやったんやね。」
俺と謙也、従兄弟やねんと言ってふわっと微笑む忍足君に、そうだったのか、と納得していたら、謙也君が私と忍足君を割るように間に入った。
「せーやーかーらーっ!んな気軽に伊織に近寄んなやー!」
「なんやねん、お前ちょっと余裕ないにも程があるで。」
「やって伊織、もともとは侑士と話しとると思って俺と話しててんで!せっかく氷帝の忍足やのぉて、俺と仲良ぉなったんに、本物来たらそっち行ってまうかもやんけ!」
必死な顔でつめよる謙也君に、忍足君は、はいはい、と呆れたように笑った。
「まあ、こんなアホやけど、悪いやつとちゃうから、仲良ぉしたってな。」
忍足君はそう言って一回私の頭を軽くポンっとしてから去って行った。
「あー、何頭触ってんねん、アホー!」
私が話したいのは、惹かれてるのは、氷帝の忍足君じゃなくて謙也君なのに、どうやったら伝わるのかな。
忍足君が去って行った後ろ姿を見ながら、俺やってまだ伊織の頭撫でたことないっちゅーねん!とか恥ずかしいことを大きな声で叫ぶ謙也君の手をとって、私の頭にのせた。
「謙也君に頭撫でられるのが、一番嬉しいなー、…なんてね、はは。」
だめだ何やってるんだ私。自分でやっておいて恥ずかしくなってしまって、照れ隠しで笑った。
謙也君は初めはポカンとしていたけど、数秒後、真っ赤な顔をそっぽ向けて、私の頭をわしゃわしゃー、と強く撫でた。
ちょっと痛かったけど、嬉しかったから、そのままおとなしく撫でられておいた。
「(アカン、伊織可愛すぎや、アカンほんまアカン)」
「(謙也君手ぇおっきいなー。あったかいなー。なんか幸せ。)」
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