6:改めてまして、忍足です
電話、かけてみようかとドキドキしていたら着信が鳴った。ディスプレイにはおなじみとなった「忍足君」の文字が。
この「忍足君」は、私が思っていた氷帝テニス部の忍足君ではなかった。
少し戸惑いながら、私は電話に出た。
「あの、もしもし、神崎です。」
「えっと、忍足です。」
あの、と言いかけたら、忍足君が同じタイミングで、あんな、と言った。
「えっと、お先にどうぞ。」
「えーと、ほな、うん。今日な、神崎に会ってんけど、電話なんかしてへんって言われてん。」
「えっと、実は私も今日学校で忍足君に会って話しかけたんだけど、私のこと知らないし、電話してないって。しかも声も雰囲気も全然違って、」
忍足君も同じ状況だったことに驚きながらそう言うと、忍足君は驚きが混ざった楽しそうな声を出した。
「わー、全く一緒やん!俺も俺も!直接会った神崎、俺んこと知らへんっちゅーし、声も雰囲気も別人やってん。」
「え、忍足君も?うわー、同じだね!…って、いやいや、違うよ、ここは意気投合するとこじゃなくて、お互い誰と話してたんだって焦るとこでしょ。」
私がそう言うと忍足君は、うーん、と唸った。
「いやー、俺もな、電話の神崎と学校の神崎が別人やって知って、今まで誰と話しとったんやろって少しは思ったんやけど、今こうやって電話でいつもの神崎と話してて楽しいって思うんやから、あんま難しゅう考えんでもええかなって。」
「…なんか言いたいことわかるような、わからないような。」
忍足君は、俺もちょっとこんがらがっとるからうまく言えへんけど、と前置きしてから続けた。
「偶然かけた電話が、神崎に繋がって、話してるうちに仲よぉなって。せやから、神崎が学校の神崎と違っても、そんな問題あらへんとちゃうんかなって。」
忍足君が考えながら紡ぎ出した言葉を、心で反芻させてみた。
うん、なんか、言いたいこと、わかるかも。
学校の忍足君と話してると思ってたけど、たくさん電話で話してたのは、学校の忍足君だと思ってたからじゃなくて、話してみて、忍足君と話すのが楽しかったからなんだ。
「うん、なんかちょっと難しく考えてたかも。確かに、びっくりしちゃったけど、私が仲良くなったのは、今話してる忍足君なんだもんね。」
そう言って笑うと、忍足君は、おん!と笑った。
本当は、こんなに長い間お互い別人だと思って話してただなんて、もっと驚いて戸惑ってもいいと思うんだけど、忍足君の楽しそうな笑い声を聞いて、難しく考えるのはやめることにした。
だって私は、この明るさとあったかさに、惹かれたんだから。
「えーと、改めてまして、忍足謙也言います。大阪四天宝寺中、テニス部。人呼んで、浪速のスピードスターや!学校の忍足君とか電話の忍足君とかまぎらわしいから、謙也って呼んでや。」
「謙也君って言うんだね。了解。えっと、今さらだけど、神崎伊織です。私もまぎらわしいから、伊織って呼んでね。美術部で、あと、東京の氷帝、」
「ひょっ、氷帝っ?」
伊織って言うんやなー!と笑っていた忍足君は、学校の名前を聞いた途端に、すごく驚いた声をあげた。
「え、うん、どうかした?」
「あー、いや、えっと、…テニス強いとこやなーって思っただけやで。」
いつもと違ってはっきりとしない口調だったから、何か他に驚いた理由があるのかな、と思ったけど、言いたくないことなのかもしれないし、まあ、いっか、と思うことにした。
お互いを知る為の時間はこれからたくさんあるんだから。
今日は初めて、忍足君の下の名前と、大阪に住んでて、四天宝寺中っていう学校に通っているっていうことがわかって、なんだか嬉しい。
ゆっくりでいいから、こうやってお互いのことを知っていきたいな、なんて思った。
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