5:人違い
「おっ、神崎!」
廊下を歩いていると、ちょうど一人で歩いている神崎を見つけた。
見つけたら絶対声かけてやーって昨日電話で言い合ったのを思いだしつつ声をかけると、神崎は不思議そうな顔で立ち止まった。
「え?ああ、えっと…?」
「なんやなんや!よそよそしいやないか!」
背中をバシバシ叩きながら笑うと、神崎は若干よろけながら口を開いた。
「えっと、よそよそしいもなにも、話すの初めてですよね?クラスも違いますし。」
「まあ、そら面と向かっては初めてやけど、知らん仲ちゃうやん。てか神崎、電話ん時と声も雰囲気も全然ちゃうなー。別人みたいやわ。」
まあでも電話やと声結構変わるもんな、と一人で納得していたら、神崎はさらに不思議そうな顔をした。
「え、神崎やんな?美術部の。」
「ええ、はい、美術部の神崎です。でも、私、あなたと話したこと、電話でもなかったと思いますよ。」
「…え?」
確かに、電話で話しとった神崎と、今目の前にいる神崎は、声も話し方の雰囲気も全く違った。
それがどういう意味なのかわからなくて、固まっていると、目の前の神崎が戸惑いがちに口を開いた。
「すみませんが、たぶん人違いじゃないですか?」
「えっと、すまん、そうみたいやわ。引き止めてもて、かんにんな。」
目の前の神崎は、いえ、大丈夫ですよ、と微笑むと、そのまま去って行った。
俺、今まで誰と話しとったんやろ?
うー、アカン、わからへんわ。
昨日は忍足君に、見つけたら絶対声かけてやー!って何回も念押しされて、なんだか嬉しかったな。
せっかくだから、忍足君に見つけられる前に私が見つけたいな、なんて思っていたら、テラスで一人静かに本を読んでいる忍足君を見つけた。
うわ、やっぱり電話の時と全然雰囲気違うや、とちょっと笑いながら、忍足君に近づいて声をかけると、忍足君はゆっくりと本から顔をあげて、不思議そうな表情をした。
「んー?」
「どうしたの?」
いつもの電話の時との雰囲気に少し戸惑いつつ聞くと、忍足君は申し訳なさそうに微笑んだ。
「悪いんやけど、どちらさんやったっけ?」
「え、神崎だけど、美術部の。」
初めて電話で話した時に「美術部の神崎やんな」と尋ねられたことを思い出して、部活と名前を告げるも、忍足君はもっと不思議そうな顔をするだけだった。
「えっと、なんか忍足君って、電話のときと声も雰囲気も全然違うね。」
いつもとの違いに戸惑いつつ、なんとかちょっと笑いながらそう言うと、忍足君は少し驚いたような顔をした。
「え、自分と電話したことあったかいな?」
「え、」
今度は私が驚く番だった。
電話したことあったかいなって、え、どういう意味だ。
「え、ほぼ毎日電話してたと思うんだけど。」
「んー、俺最近誰とも電話してへんしなー。誰かと間違えてへん?」
誰かと間違えて?
確かに、目の前の忍足君は、電話の忍足君とは声から話し方まで何もかも、別人みたいだった。
「えっと、なんか、そうみたいです。すみません、読書の邪魔しちゃって。」
目の前の忍足君は、やわらかく微笑んで、ええねん、ええねんと言ってくれた。
「せやけど、電話んやつ、俺やって騙してたんやったら危ない奴かもしらんから気ぃつけぇや。」
「それは、大丈夫だと思います、多分。でも、ありがとうございます。」
電話の忍足君は私の知ってる忍足君じゃなかった。
私は今まで、誰と電話してたんだろう。
うーん、考えてもわかんないや。
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