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4:気ぃつかんかったんかな


教室の中で、携帯のアドレス帳の「神崎」という文字を見て、ほんま不思議なこともあるもんやなー、と思っていると、白石が話しかけてきた。

「謙也、何携帯見てにやけてんねん。めっちゃあやしいで。」

ちょうど誰かにこの不思議な体験を話したいって思っとるとこやったから、めっちゃあやしいでっちゅー失礼な発言は取り敢えず流して、白石に携帯を見せた。

「ほらほら、これ見てや。」

「ん?神崎?誰やっけ?」

「ほら、東京弁話す美術部の。」

「あー、そういやおったな、そんな子。あれ、謙也知り合いやったん?クラス違うんに。」

「んー、最近友達になってん。」

不思議そうに聞く白石に、せやせや不思議やんなと嬉しくなってちょっとにやけつつ答えた。

「何があってん?詳しく教えぇや。」

「実はな、クラスの女子に電話のおまじない教えてもろて、」

「あー、あの、話したい子んことを考えながらインスピレーションで番号打って通話したら、その子に通じるかもってやつ?」

「せやせや、よお知っとったな白石。」

「クラスの女子に教えてもろてん。ほんで?」

「おん、ほんでな、神崎にかけてみたら、ほんまに神崎に通じてん。それからたまに電話で話してんねん。」

ほんま不思議なこともあるもんやんなー、と笑いながら言うと、白石はにやにやしながら俺を見た。

「ほー、知らんかったわ。謙也、神崎んこと好きやってんな。」

「へ?」

「へ、てなんやねん。話したかってんやろ?」

「いや話したかったんは好きとかそういうやなくて、うーん、なんとなく、東京弁珍しいし、みたいな。」

やって友達やったらもうケー番知っとるやん?ケー番知らん子言うたら話したことない子しかおらんかったし、話したことなくて一応存在知ってるっちゅーたら神崎がなんとなく浮かんで、と言うと、白石に呆れた目を向けられた。うわ、ため息までつかれたわ。

「あ、せやけど向こうも同じやねんて!なんや俺んことあんま知らんけど、関西弁珍しいから、話してみたかってんて!お互い、なんや珍しいなーちゅう感じで。」

せやから、えっと、まあお互い様、みたいな、としどろもどろで言うと、白石は、ふーん、そうなん、と一応納得したように言った。

まあ、でも、初めは、おまじないおもろそうやから、なんかケー番知らん子おったっけ?とか、あ、神崎っていう東京弁話す美術部おったよな、とかやったけど、話してみたらなんやおもろいやつやったし、もっと話してみたいなーってなってんけどな、なんて内心思っていると、ニヤニヤした白石と目があった。

「な、なんやねん、白石、その目は。」

「べっつにー。まあ、楽しそうで何よりや。」

なんか含みあんなー、と言いつのろうとして、廊下の向こう側から友達と話しながら歩いてくる神崎を見つけた。

「お、神崎や。」

「ん、どこどこ?」

白石にあの右の子やで、と教えながら、神崎に手を振った。

が、神崎は俺に手を振り返すことなく、普通に通り過ぎてしまった。

え、なんで、と手をあげたまま固まっていると、隣で白石がおかしそうに、ぶっ、と吹き出した。

「気づかれてへんやん。顔覚えられてないんちゃう?」

「いや、こないだテニス部の練習見に来たって言うとったし、顔知っとるはずやねんけど、」

「ほんなら、避けられたんちゃう?」

おもろそうにサラッと恐ろしいことを言われ焦った。

「な、なんで?避けられる理由あらへんやんけ。」

「いや、めっちゃあるやん。」

「なんやねん、言うてみぃ。」

いやいや避けられる理由とか、やっぱあらへん、と気持ちを持ち直して落ち着いて聞くと、白石は携帯を、これこれ、と指さした。

「全く話したことあらへん人からいきなし電話かかってきたら、そらびびって避けもするやろ。」

「い、いやでも、電話では神崎楽しそうやったで!」

「気ぃつかってくれたんちゃう?」

気ぃつかって?そんなまさか…、アカン、なんかそんな気ぃしてきた。

「まあまあ、多分大丈夫やって。そんな気ぃ落とさんとき。(謙也からかうん、めっちゃおもろ)」

「おん、おおきに。…って、気ぃ落ちとんの白石の発言せいやねんけど!」

あ、気づいたん?と笑う白石を見て、またからかわれとったんか、と肩を落とした。

それにしても、なんで手ぇ振り返してくれへんかったんやろ?気ぃつかんかったんかな?

とりあえず、今日帰ったら電話してみよ。





家に帰って、出てくれるやろかとちょっと緊張しながら神崎に電話をかけると、3コールくらいで、はーい、忍足君?といういつもの明るい声が受話器から届いた。

「なあなあ、今日すれ違ったんになんで目ぇそらすん!一人で手ぇ振って、めっちゃはずかったやん、俺。」

いつも通り電話に出てくれたことにホッとしつつそう聞くと、神崎は不思議そうに、え、と言った。

「ん、気ぃつかんかったん?」

「うーん、ごめん、気づかなかったみたい。今日は全然姿見ないなって思ってたんだけど、会ってたんだね。」

なんや、やっぱ気ぃつかんかっただけか。まったく白石のやつ、人を焦らせよって。

「目ぇあったと思ってんけどな。せやけど気ぃつかんかっただけでよかった。避けられたんかと思ってちょっと焦ったわ。」

「え、避ける?なんで?」

「いや、今まで話したことなかったんに、いきなり電話したから、ひかれとんのかと思って。」

「そんなわけないじゃん。」

神崎のおかしそうな笑い声を聞いて、よかったー、とまた改めてホッとした。

「今度見つけたら、ちゃんと呼び止めて声かけてね。私もそうするから。」

「せやな、俺らなんやすれ違った時、かたっぽだけが気づくこと多いみたいやしな。」

「本当だね。なんか不思議。」

初めは電話で話せるだけで充分楽しかったんやけど、最近はなんや直接話したいなって気持ちが日に日に強くなっとる。

絶対、ぜーったい声かけてや!と笑いながらも言うと、神崎も、忍足君もぜーったい声かけてね、と笑った。

もしかして、神崎も同じように、直接会って話したいって思ってくれとるんかな、なんて思ってちょっと嬉しくなった。


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