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2:二つのおまじない


おまじないのことなんてすっかり記憶の片隅に追いやられてしまったある日、ふいに携帯のディスプレイに「忍足君」の文字が踊った。

うそ、なんでだ。この番号は私が適当に打ち込んだ番号なのに。

いや考えるのは後にしてとりあえず電話にでよう。だってなんだかおもしろそう!

「お、忍足君?」

「わ、わわ、なんでわかったん!」

少しどもりながら聞くと、電話の向こうから私より焦った声が聞こえた。

「え、忍足君?ほんとに?」

「おん、え、いや、神崎?」

「うん、神崎。」

あれ、なんで忍足君、私の名前知ってるんだ?

「えっと、本当に忍足君?あのテニス部の。」

「お、おん、うちのテニス部に忍足は俺一人やな。自分もほんま神崎?美術部の。」

「えっと、うん。うちの美術部、神崎は私一人だから。」

関わりないのに、なんで私が美術部って知ってたんだろう。確かに氷帝の美術部はよく大きなコンクールとかでも入賞してるから学校集会とかで表彰されることも多いけど、私個人が表彰されたことは数えるくらいしかないのに。

私が一人で不思議に思っていると、忍足君は、わー、ほんまやってん、このおまじないすっご!と楽しそうに言った。

おまじない?と不思議に思って聞くと、忍足君は、うちの学校の女子の間ではやってるおまじないやねんて、と教えてくれた。

「なんかな、話したいなってやつにインスピで電話かけたら繋がるかも、やねんて。ほんでためしにやってみてん。」

「わー、なにそれおもしろい!私もおまじないなんだよ。忍足君からかかってきたってわかったの。」

サキに教えてもらったおまじないのこと話すと、忍足君は、へー、そんなおまじないもあったんや、と楽しそうに笑った。

そうそう、おもしろいよね、と笑ってから、ふと気づいた。

あれ、これ、なんか私、忍足くんと話したかったって暴露してない?いや、これはサキと騒いでたノリというか、いい声いい声って噂に聞くから、ちょっとあの声を聞いてみたかっただけというか、ああもう、なんだこれ恥ずかしい。

何か言わなきゃ、と焦って口を開くのより先に、忍足君が焦ったように少しどもりながら話しだした。

「い、いや、ちゃうねん!深い意味とかはなくてやな、東京弁ってなんや珍しくて、それでちょっと聞いてみたいなーって。」

「え、珍しい?」

なんだ、忍足君も同じことで焦ってたんだとほっとして、その後の、東京弁珍しい発言に少し驚いた。

どちらかと言うと、忍足くんの関西弁のほうが珍しいよね、周りみんな標準語だし、と不思議に思っていると、忍足くんが慌てたように続けた。

「やっ、珍しいって悪い意味ちゃうで!ほら、神崎からしたら関西弁も珍しいやろ?」

確かに、そうかも。

「そうだね、お互い珍しがってたんだね。」

なんだかおかしくて笑うと、忍足くんも同じように笑った。

忍足君って、こんなふうに楽しそうに笑ったり、分かりやすくあわてふためいたりする人だったんだな。

「でも、なんか意外。忍足くんって、もっとクールで大人っぽい感じだと思ってたから。」

私がそう言うと、忍足君は、ぶはっと吹き出した。

「へ、俺がクール?初めて言われたわ、そんなん。てか、神崎こそ、もっとクールで大人っぽいやつやと思ってたで。」

「ぷはっ、それこそないない、初めて言われた。」

なんやお互い電話やと別人みたいやな、なんて忍足君が言うから、私も同じこと思ってた、と言って、また二人して笑った。

笑いがおさまったところで、忍足君が、ちょっととまどいがちに、えっと、と切り出した。

「なあ、またかけてもええかな?」

「うん、私もまた話したい。」

「おん、よかった!ほなまたこの番号にかけるわ!またな!」

「うん、またね!」

忍足君との通話を終えたことを告げるディスプレイを見ながら、こんな不思議なことってあるんだなー、となんだか楽しくなった。


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