土曜日:遊ぶ
今日は謙也君の部活が終わったあと、二人で遊ぶ約束。
約束は昼からなのに、なんだか朝からそわそわしてしまった。
そろそろ謙也君が来るって言ってた時間だなーって思いながら携帯の時計を見ていたら、チャイムが鳴った。
きっと謙也君だ!
「おう、伊織!」
「謙也君!部活お疲れ様。」
「おおきに!汗流して着替えてきたからちょっと遅くなってごめんな。」
時間ぴったりだよ、と笑うと、めっちゃ急いだからなー、と謙也君も笑った。
なんだか、それだけで、すでに楽しい気持ちになってきた。
「ほな、どこ行こか。どっか行きたいとこあるん?」
「んーと、」
行きたいとこ考えようと思ってたのに、ワクワクしすぎて、考えるの忘れてた。
どうしようかな、と思って、うーん、と言ってると、謙也君は私の手をとった。
「ほな、まずは何か食べへん?お腹すいてもて。」
「あ、そういえば、私もお腹すいてた。」
謙也君は、ほな、お好み焼き屋でも行くかー、って言って歩き出した。
私がどこに行くか決められずに悩んでたから、助けてくれたんだろうな、と思って嬉しくなった。
謙也君って、なんかさりげなく男前ですごいな。
謙也君と食べたお好み焼きは、今まで食べた中で一番美味しかった。
「うまかったなー。」
「うん!すっごく美味しかった。きっと謙也君が目の前で焼いてくれたからだね。」
「ははっ、あんくらいやったらいつでも作ったるわ!」
いつでも、か。
楽しくて忘れちゃいそうだけど、メガネが戻ってきたらもう謙也君とこうして出かけることなんてないんだろうな。
「、ありがとう!楽しみにしてるね。」
でも今は謙也君と一緒にいるんだから、と言い聞かせて、しんみりとなりそうな気持ちを吹き飛ばした。
今日は思いっきり楽しもう!
「なあ、あのCDレンタルショップ入ってもええか?めっちゃ品揃えええねんで。」
「あ、あそこ私もよく行くよ。」
よく来ていた店に、謙也君と二人で来るって、なんかくすぐったいような、変な感じがする。
「謙也君はどんなの聴くの?」
「俺はなー、これとかこれとか。あ、試聴するか?」
「うん、聴きたい!」
謙也君はヘッドフォンをつけた私の隣で歌詞カードを指しながら、このアルバムは6トラック目がオススメやとか、あ、せやけど3トラック目もええ味しとるやろ、なんて楽しそうに教えてくれた。
「いいね、これ。私今日借りてこ。」
「ほんま?よかった!伊織はよく何聴くん?」
「えっと、」
どうしよう。
よく来るところだから、試聴用オーディオの再生、停止とかはあんまり見えなくても慣れでできるけど、さすがに小さな文字は見えないからCDは探せないや。
「アーティストの名前言ってや。めっちゃすごいスピードで見つけるから驚くで、伊織。」
謙也君の声は楽しそうなままだったけど、なんだか申し訳なくなってしまって、私は謙也君に手を繋がれたままちょっとうつむいた。
「なんか、ごめんね。めんどうかけて。」
謙也君はそんな私の頭をくしゃっと一回撫でた。
「なんで謝んねん、メガネないん俺んせいやん。それに、俺が伊織の好きな音楽どんなんか知りたいだけやねん。せやからめんどうなんかやあらへん。」
謙也君の声が優しかったから、沈みかけた気持ちは浮上してきたんだけど、謙也君の言ってくれたことが嬉しくて、恥ずかしくて、やっぱり顔はなかなかあげられなかった。
恥ずかしいのを隠しながら謙也君に好きな音楽を伝えると、それを試聴した謙也君は、なんか、ええな、伊織って感じするわ、と言って笑った。
謙也君の笑う声って、なんだか元気になれるな。
そんなやり取りが楽しくて、ついつい夢中で続けてしまっていたみたいで、お互いのオススメをレンタルして店を出る頃には結構時間が経っていた。
「そろそろ送ってこか?」
「うん、ありがとう。」
本当はもっと一緒にいたいんだけど仕方ないよね、と思いながらうなずいた。
「あー、なんか時間あっちゅーまやったな。」
「本当にね。」
「やっぱ楽しい時間はあっちゅーまっちゅー話やな!今日めっちゃ楽しかったわ!」
「私も!」
帰り道も、謙也君と話していたらあっという間で、すぐに家についてしまった。
「おっしゃ、家ついたな。ほな、またな、伊織。」
「謙也君、送ってくれてありがとう。またね!」
またな、と笑う謙也君の声は、いつも聞いていた笑い声よりちょっとだけ低かった。
もしかして、なんか帰るのさみしいなって思ってるの私だけじゃないのかな、なんて思ったら、ちょっとだけ嬉しくなった。
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