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水曜日:迎えに来た


朝起きて、枕元に置いてあるはずのメガネケースを手で探った。

「あ、そういえば、昨日割っちゃったんだっけ。」

予備のメガネくらい持ってればよかったな。

いつもよりちょっと不便に感じながら朝の支度を済ませ、家を出た。

昨日、家まで送ってくれた謙也君は、明日朝迎えに行くわって言ってくれてたけど、まだ来てないかな?

「おう、おはよ、伊織!」

「おはよう、謙也君。」

思ったより、謙也君が早く来てくれていて、少しびっくりした。

毎日迎えに来てくれるって言ってたし、明日からは私ももうちょっと早く家出よう。

私が謙也君の横に行くと謙也君は私がついていけるくらいの速さで歩き出した。

こういうところ、さりげないけど、なんか優しいよなー。

「謙也君来るの早いね、朝早くからありがとう。」

「はは、そら速いで!浪速のスピードスターは伊達やないで!」

「スピードスター?なにそれ。」

「俺の通り名や!」

「ぷふっ、」

「コラ、何わろてんねん、…って、危なっ!」

「わわ、」

謙也君の大きな手で頭を押さえられて初めて、目の前に電柱があることに気づいた。

いけない、謙也君と話すのに夢中になって、前ちゃんと見てなかったみたい。

「ふーっ、危なかったなー。電柱まで見えへんとは思わんかったわ、すまんな。」

あ、どうしよう。謙也君に勘違いさせちゃったみたい。

「いや、電柱は見え、」

「ほら、これなら大丈夫やろ。」

電柱くらいは見えるよ、今はちょっと前見てなかっただけ、と言おうとしたのに、謙也君に手をひかれて、びっくりして何も言えなくなってしまった

私、今、謙也君と手繋いでる。

謙也君は、手繋いだりするの恥ずかしくないのかな、と思って、じーっと謙也君の顔を見てみたけど、綺麗な金髪が見えるだけで、表情は一切見えなかった。

「よっしゃ。ほな、行くで。」

「うん。」

表情は見えなかったけど、謙也君の声の表情は、嫌な色はしていなかったから、なんだかほっとした。

謙也君って、優しい人だな。


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