7:一目惚れでも
「神崎さんっ!」
昨日あれだけはっきり言ったから白石君やっぱり来ないよね、なんて思って、自分で仕向けたことなのにちょっとへこんでいたら、白石君が勢いよく私のもとにやってきた。
「白石君?どうしたの、」
「ちょっとついて来てや。」
白石君は私の手をとると、そのまま走りだした。
白石君は引っ張って走りながらも、私がついていける速さで走ってくれていて、そんな些細なことで、また、やっぱり白石君好きだなって実感してしまった。
「…家庭科室?」
白石君がなんでこんな場所まで私を引っ張って来たのかがわからなくて首を傾げると、白石君は私を近くの椅子に座らせて、自分もその隣に座ってから口を開いた。
「や、家庭科室やなくてもええんやけど、とりあえず、二人で話がしたくて。」
二人で話が、したい?
そんなことを言われたら、思い浮かぶのは一つしかない。
白石君、私が好きなの白石君だって気づいたんだ。
今までは別の、自分と関係ない人を好きだって勘違いしてたから、優しくしてくれてたけど、今度こそ、はっきりフラれるんだ。
「あんな、神崎さん、まだまだ好きやって言うてたけど、えっと、無神経なこと聞いてほんますまんけど、フラれたんやんな?」
「いや、はっきりとはまだ。今からだよ。」
今からあなたにフラれます、だなんて、なんでこんなことをわざわざ宣言しなきゃいけないんだ、と思いながらそう言うと、白石君は、思いの外驚いた顔をした。
「え…、えっ、まだなん!フラれてないん?」
これだけ驚くってことは、白石君はもうフッた気だったんだろうか。なんか、それはそれでショックだけど、改めてフラれるよりマシかもしれない。
「いや、フラれたのはフラれたけど、はっきりは、まだ聞いてないというか、」
「え、(どないしよ、俺、このまんま当たってもええんかな。まだフラれてへんねやったら、俺、ひいた方が神崎さん幸せなんちゃう?)」
白石君は何故か私の言葉を聞いて固まった。
はっきりフラなわかれへんのか、とか思われてたらショックだな。
「わかった、白石君。はっきりさせよう。ちゃんと、すっぱり、すっきり、フラれるよ。」
「お、おん。神崎さんがそう決めたんならそうしぃ。」
私は軽く深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
大丈夫、大丈夫。もともとフラれてたのは変わらないんだから、今さら直接フラれたって、そこまでショック受けないよ。
それより、フラれてるってわかってるのに優しくされるほうが、辛かったよ、うん。
「神崎さん、」
白石君に名前を呼ばれても、私は顔をあげられなかった。
自分でも、今泣いてるって、わかってたから。
今さら直接フラれたってショックじゃないだなんて、優しくされるほうが辛かっただなんて、そんなの嘘だ。
どれだけ、白石君の迷惑になりたくないとか、フラれてるのに優しくされるなんて辛いとか言っても、本当は、ただただ白石君と話せるのが、嬉しかったんだ。
白石君が私に笑いかけてくれるのが、本当に嬉しかったんだ。
「すまん、俺、最低やな。」
「ちがっ、白石君は悪くない、私が勝手に、」
「フラれとらなアタックでけへんやなんて、臆病やったわ、ほんま。はっきりフラれる必要なんて、あらへん。んなこと、神崎さんが余計に傷つくだけや。」
白石君は私の頭にあったかい手を優しくおいた。こんなときまで、白石君は本当に優しい。
「俺な、一目惚れって、よくわからんかってん。せやけどな、神崎さんがひたむきに誰かを想うん聞いてるうちに、その想いが俺に向けられたらな、って思うようになったんや。」
白石君が何を伝えたいのかうまく理解できなかったけど、白石君の目がとても真剣だったから、私は口をはさまずに黙って聞いた。
「おんなじくらい強い想いを向けてくれなんてあつかましいこた言わへん。せやけどな、ちょっとでええから、俺のこと見てくれへん?俺やったら、すれ違っただけで、声が聞こえただけで幸せとか、そんな切ないこと言わせへんから。」
頭の中がこんがらがりすぎて、何がなんだかわからなくなってしまった。
「白石君、ごめん、話が唐突過ぎて、私の頭にはちょっと理解できない、みたい。」
「えっとな、めっちゃ簡単に言うとな、」
「うん。」
「簡単に、簡単に言うと、な、」
「うん?」
白石君はずっと真剣な顔で私を見ていたけど、だんだんと顔を赤くさせて、軽く目線をそらした。
「神崎さんが好きやから、俺んこと好きになってほしいなーっちゅー感じ、なんやけど。」
「、っ!」
「あっ、すまん、驚かせてもて!別にな、いきなり好きになってなんて言わへんから、せやからせめてそばにおらしてや、な?ほな、」
「し、白石君!」
白石君はそれだけ言うと、ここから去ろうとしたから、私はとっさにひきとめた。
「白石君にばっかり、いろいろ言わせて、ごめん。臆病で、ごめん。…、好き。私が好きなのは、白石君、です。」
ちゃんと、言えた。
「…へ?」
勇気を出して、白石君の顔を見ると、白石君はポカンとしていた。
「白石君?」
「え、声が聞こえるだけで嬉しいとか、すれ違うだけで幸せとか、」
「白石君のこと、です。」
白石君はまた数秒ポカンとしていたけど、だんだんと嬉しそうな笑顔になった。
「俺も、好きや!」
少し大きな声でそう言った白石君は本当に嬉しそうで、私も嬉しさが胸いっぱいにひろがった。
一目惚れから始まった恋だった。
だけど、諦めなくて、よかった。
白石君をずっとずっと、好きでよかった。
顔が赤く染まった白石君の笑顔を見て、本当にそう思った。
いつの間にか、私の涙も笑顔に変わっていた。
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