call5:おちる瞬間
昨日はつい、前からそそっかしいん変わらんな、とかわろてもた。
伊織は俺が前から伊織のこと知っとるん知らんのやから。アカンアカン、気をつけな。
にしても、ほんまに伊織はそそっかしいな。
なんや初めて伊織と会った日を思い出してしまって、誰にも気づかれないくらい小さく笑った。
「うっ、わぁあ…っ!」
学校の廊下を歩いていたら、誰かが階段から足を滑らせておちてきたからとりあえず受け止めた。
最初の2段くらいしか登ってへんのに足滑らすとかどんだけアホやねん、こいつ。
「何してんねん、アホとちゃうか?」
「ごめん!怪我ないっ!?」
「怪我なんてダサいまねせぇへんわ。階段たったの2段滑ってきたん受け止めただけやねんから。」
階段2段で足滑らすとかアホやろ、と皮肉を込めてそういったのに、そいつはほっとしたように笑った。
「そっか、よかった!ありがとう!」
アカン、謙也さんタイプや。嫌みとか皮肉とか通じひん。
「…別に。」
そん時は、ほんまアホな奴やなーって思っただけやった。
伊織は見かける度に何かにつまづいたり、転んだり、壁や柱にぶつかったりしとって、気づいたら目で追っとった。あんな危なっかしい奴おったらそら目で追うやろ。
転びそうになったところを助けると、ありがとうと嬉しそうに微笑んだり、そそっかしいなと笑うと恥ずかしそうに顔を赤く染めながらふて腐れたり、お礼にぜんざいおごれやと言ったら冗談やのに本気で財布の中身確認しだしたり。
とにかく伊織とおるんは全然あきひんかった。
まあ、おもろい奴やしな。
せやけどある時謙也さんのクラスで伊織を発見して、年上やったって知った時、年下やって思われたくないって思って扉の陰に隠れて、自分の気持ちに気がついた。
そそっかしいから目で追ってまうとか、おもろいから一緒におってあきひんとか、そんなんただの言い訳や。
俺が伊織をつい目で探してしまう理由なんて、1つやってん。
伊織が階段からおちた時、俺は恋におちたんかもな、なんて、謙也さんとかに聞かれたらめっちゃ笑われそうなことを考えながら、伊織と俺を繋いでくれとる携帯を握りしめた。
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