笑顔がこわい
「あ、神崎髪切ったんや。」
朝、自分の席に座っていると、朝練から戻ってきた隣の席の白石君に話しかけられた。
「う、うん。切った。」
少しびくつきながら頷くと、白石君は、さよか、と言って爽やかに笑った。
よかった、今日はひどいこと言わない。
「前髪、切りすぎやな。なんちゅーか、コザルっぽい。」
やっぱりいつもの白石君だった。
というかコザルって!コザルってひどいよ!
確かに、前髪はちょっと切りすぎたなって思ってたけど。
「白石ー、なにまた神崎いじめとるん。」
「謙也君!」
マイオアシス謙也君!
謙也君が前の席にいるおかげで、私は毎日癒されてるよ!隣の席の白石君に毎日へこまされてるから、プラマイゼロだけどね。
「神崎髪切ったんか。かわええやん。」
「あ、ありがとう!でも前髪ちょっと切りすぎたかも。」
コザルとか言われたし、と思いながら言うと、謙也君はニカって笑いながら、かわええやん、似合ォとるで、と言った。どうしよう、謙也君が、エンジェルに見える。
「コザルスタイルが似合ォとるって言われて嬉しいん?」
「わあぁぁん、謙也君!白石君がいじめる!」
「わあ、泣くなや神崎!大丈夫やで、大丈夫!」
もうなんなんだ。
他の子には、髪切ったんや、似合ォとってかわええな、とか普通に言ってるのに、なんで私にはいつもこんなこと言うんだ。
「もう白石君嫌い、やだ、話しかけないで。」
ダンっと私の机を叩かれて、驚くと、笑顔の白石君と目があった。
「嫌い?話しかけんな?神崎はひどいなー。」
「ひっ、ひどいのは白石君、だと思、います。」
笑顔の白石君がなんだか怖くて、だんだんしりすぼみになってしまった。
どうしよう、なんかいつもより、ずっとずっと怖い。私なにか怒らせること言っちゃった?
「いや、ひどいのは神崎やな。」
もうわけわかんなくて、謙也君に助けを求めようと白石君から謙也君に視線を移そうとすると、白石君に前から両肩をつかまれて動けなくなった。力強いよ、痛い痛い。
「ほら、そういうとこ。ひどいよな。俺と話しとるんに謙也が来たらすぐ謙也の方向くし。隣の席になって初めて話したときやって、よろしくね、白石君って言ったかと思えば、そんときよりめっちゃいい笑顔で、謙也君前の席なんだ、嬉しい、とか言いよるし。は、俺が隣におることより謙也が前におるほうが嬉しいんや、って感じやんな。」
「し、白石君、」
「それとかもせや。なんでそもそも謙也だけ名前呼びで俺は白石君なん?わけわからん。」
いや、わけわからんのは白石君だよ。
というか、肩を掴む力どんどん強くなるし、笑顔のままなのが逆に怖い。
「し、白石、そんくらいにしたったら、」
「謙也は黙っとき。」
助け舟ありがとう!と思ったのに、白石君に黙っときと言われると謙也君はすぐに、おう、と言って引き下がった。
引き下がるの早すぎだよ。さすがスピードスターだね!ほめてないけど!
「で、俺が言っとること、理解できたか?」
「謙也君のこと俺からとんなやアホ、とか?」
「アホしか合ォてへん。」
アホは合ってるのか、自分で言っといてなんだけどひどいな。
「俺謙也よりモテんねんで、とか?」
「アホか、なんでそんな当たり前のこと言わなアカンねん。」
あ、当たり前なんだ。
「俺神崎のこと嫌いや、とか?」
あ、黙った。合ってたのかな、と思ってちょっと安心して力を抜くと、白石君も私の肩を掴む力を少しゆるめた。
「嫌っとるん、神崎のほうやんか。アホ。」
そう言って、私の肩から手を離した白石君はなんだか、いつもの白石君と違って寂しそうに見えて、何を言えばいいのかわからなかった。
「白石君。」
「なんや。」
「嫌いって言ってごめん、本当は嫌いじゃないよ。」
たまに怖いけど、というのは心中だけに留めてそういうと、白石君はちょっと黙ってから、おおきに、と笑った。
いつものなんか怖い笑顔じゃなくて、綺麗な笑顔だった。
いつもこんな風に笑ってたら怖くないのに、なんて思いながら、私もちょっと笑い返した。
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