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mission6:気づく


伊織は毎日部活が終わるのを待ってくれとる。気候のいい日はテニスコート付近で、寒かったり気候のよくない日は教室で。

迷惑になっとらんかと思って、待たんで先に帰ってもええんやで、と言ったことがあるが、私が待ちたいから待ってるの、と笑いながら言われてしまった。なんやねん、もう。ほんまかわええ。

雨が強くて部活ができんくなったから、教室で待ってくれているはずの伊織を迎えに教室に急いだ。

「伊織ー。雨強ォて部活休みんなってん。帰るでー。…て、伊織どこや。」

教室の扉を開けながらそう言って、いつも伊織が座っている窓際の席を見たが、伊織の姿はそこになかった。

雨やから先に帰ったんやろか?今までこんなことなかったけど、まあ、一応メールで先帰ったか聞いてみよ。

「…ん?」

俺が伊織にメールを送るのとほぼ同時に、同じ教室内からメールの着信音が聞こえた。

音の発信源の教卓に近づくと、その下に伊織が隠れるように縮こまって座っていた。

「なにしてんねん。かくれんぼ?」

「ユ、ウジ君。うんそう。かくれんぼ。」

いや、明らか違うやろ。

「ほな、はよ帰るでー。」

「先に帰っていいよー。私日直の仕事あるし、ついでに雨があがるまで待とうかなーって。」

「雨あがんの待っとったら、明日まで帰られへんで。てかもう一人の日直はどないしてん?」

伊織は、日誌出して帰ったよー、あとは机を整列させるだけ、と笑った。

最初声かけた時、ちょっとどもっとったし、なんか様子おかしいんかな、と思ったけど、そう言いながら笑う伊織は、いつも通りやった。なんや、杞憂やったな。

「なんで雨あがんの待つんや。傘忘れたんならいれてったるで?」

「ううん、傘あるから大丈夫。日直の仕事終わったら帰るから、今日は先に帰って。帰りによるとこあるから、今日は帰り道ユウジ君と反対だし。」

「んー、まあわかったわ。ほな、気ィつけて帰りや。」

「うん、ありがとう。ユウジ君も気をつけてね。」

教室を出て、廊下を歩きながら窓の外を見た。

部活が休みになるくらいなんやから当たり前やけど、めっちゃ土砂降りや。雷もなんやどんどん近付いて来とるみたいやし。

伊織、帰りによるとこあるって言ってたけど、何もこんな天気の日に寄り道せんでもええんにな。

そう考えながら歩いていると、一段と強い光のすぐ後に大きな雷鳴が響いた。

うわー、今のはめっちゃ大きかったな。近くに落ちたんとちゃうか。

「ん?」

そういえば、伊織なんで教卓の下なんかにいたんやろ。

かくれんぼやってわろてたけど、そんなんいつもせぇへんし、てか誰とかくれんぼやねんって感じやし。

なんとなく気になって、さっきの教室へ廊下を逆戻りした。

「伊織?」

「あ、ユウジ君。忘れ物?」

伊織はやっぱり教卓の下にいた。

「まあ、忘れ物っちゃ忘れ物やな。」

伊織の前にしゃがんで、伊織に目線をあわせた。

「一緒帰るで。」

「え、忘れ物は?」

「伊織が忘れ物。」

なにそれ、と笑う伊織は可愛かったけど、やっぱりいつもよりちょっとだけ表情がかたかった。

たぶん、雷怖いんやな。

怖いんなら怖いって言ってくれればええんに、とも思うが、まあ、なんでもないふりするんが伊織の性格ならしゃーない。

俺が気づけばええだけやからな。

「ほれ、ヘッドフォン貸したるわ。」

結構大音量のロックやから俺の声も聞こえんくなるけど、音遮ったら、雷もそれほど怖ないやろ。

「ユウジ君の声、聞こえないよ?」

そう言いながらヘッドフォンをはずそうとする伊織の手をおさえた。

ええねん、ええねん、と言いながら伊織の頭をポンポンと叩くと、伊織は首をかしげながらもヘッドフォンを外そうとするのをやめた。

帰るでー、と言いながら伊織の手を掴んで立ち上がると、つられて伊織もやっと教卓の下から出てきた。

教室から出て廊下を歩いていると、俺の手に引かれて少し後ろを歩いていた伊織が、掴まれていない方の手で、俺の制服のすそを掴んだ。

「ユウジ君。」

「ん?」

「…ありがと。」

今日放課後になって初めて、伊織のいつもと同じ笑顔が見られた。

これからも、伊織のことならなんだって気づいたる、と思いながら、はよ帰るで、とだけ言って伊織の頭を軽くはたいた。


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