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嬉しい不思議


 私の朝の日課。庭づくり、美智代さんとのおしゃべり、そして――

「今日はなんて書いてあるのかな。」

 昨晩書かれたであろう日記を読んで、返事を書くことだ。

 少しわくわくしながら日記を開くと、もう見慣れた、力強くて、少し硬い文字が目に飛び込んだ。

 『リンドウって、確か、ハンカチの刺繍のやつだっけ?本当好きなんだな。』

 「覚えてたんだ。」

 思わず、声に出てしまって、周りを見渡す。よかった、独り言は誰にも聞かれていなかったみたい。ふう、と安心のため息を一つついてから、また日記に目を落とす。

 今となっては、もう日課になっているけれど、初めてこの彼を話をしたのは、ハンカチがきっかけだったんだよな。お気に入りのリンドウのハンカチ。なくしてしまったと思ったから、拾ってもらえて、嬉しかったんだ。そして、この庭を気にかけてもらって、すごく嬉しかったんだ。

 『覚えてたんだね。そうそう、リンドウってあのハンカチの刺繍だよ。お気に入りだったから、拾ってもらえて嬉しかったんだ。ありがとうね。リンドウ、育てるの難しいから植えたことないんだけど、挑戦してみようかな。』

 そこまで書いてペンを置き、少し考えてもう一度ペンをとる。

 『このハンカチがなかったら、今こうやって話してなかったかもしれないね。不思議。ハンカチに感謝しなきゃ。』

 文末に笑顔のマークを書き込んで、ペンを置く。
 美智代さんと、私だけの秘密の花園だったこの庭に、いつの間にか、彼も溶け込んでいた。それが、不思議といやではなかった。大事にしていたものなのに、中に入ってこられても嫌な気がわかないのは、彼がいつもまっすぐ、この庭を見てくれていることがわかるから。そして、自惚れじゃなかったらいいんだけど、たぶんこの庭のことを大事に思ってくれてるから。

 自分の好きなものを、誰かにも大事に思ってもらえるのって、やっぱり嬉しい。

 日記を閉じる前に、自分の書いた文を読み返す。

 「なんか、あなたに出会えて嬉しいって言ってるみたい。まるで――」

 まるで、愛の告白みたい、なんて自分で考えて、恥ずかしくなる。

 日記のやり取りをみると、彼はさっぱりとした性格みたいだから、こんな些細なこと気にしないだろう。平然と、不思議だよなー、なんて返ってくることを想像して、日記を閉じた。


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