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好きな空間


 もしかして、いや、もしかしなくても、神崎の言ってた庭って、あの庭のことだよな。神崎の熱中しているものが、庭づくりだと聞いて、すぐにあの庭が頭に浮かんだ。

 あの庭の主が知れて嬉しい気持ち反面、少し拍子抜けしてしまった気持ちもある。姿も声も知らない、庭づくりの人。初めて庭に入ったときは、不思議な雰囲気のせいで、魔女が育てている庭かも、なんて思ったっけ。

 庭づくりの魔女が神崎だったとわかってからも、庭に行ってもいいんだろうか。俺だけがし知ってるなんて、なんだか少し騙している気分だ。約束しているわけではないし、もう行くのやめるか。

 そんなことを考えていたはずなのに、その日の放課後、気づくと足は庭へと向かっていた。いつものように、日記を見る。

 リンドウ、か。どんな花だっけ。日記の相手の――神崎の、昼の空の青と夜の海の青がまざったような青という表現を見て少し口元が緩む。どんな花はわかんねーけど、この花が好きなんだなってことは、よくわかる。

 日記を置いて、少し回りを見渡す。

 手入れされているのに、きっちりとしすぎてはいなくて、どこか温かいこの庭。やっぱり、落ち着く。部活終わりに疲れて腹もへって、それなのについ来てしまうくらい、やっぱり俺はここが好きなんだ。

 ふと、今朝の神崎の笑顔を思い出す。

 熱中できるもの。庭造り。それを語る神崎は、いつもより少し頬が上気していて、嬉しそうで、なんだかこっちまで元気になった。

 よし、と気合をいれ、日記にペンを走らせる。
 
 明日の朝、庭仕事を終え、この日記を読むであろう神崎を想像して、少し笑った。


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