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熱中できるもの


ハンカチの彼とは、ハンカチを拾ってもらったあの日から、毎日日記での交流が続いている。この数週間のやり取りでわかったことは、ハンカチの彼は私と同じ年の男の子だということ、運動部に入っていて、朝早くから夕方遅くまで練習に励んでいること、歌が好きでカラオケによく行くということ、勉強は少し苦手でテストがあると大変な部活の練習よりも疲れてしまうということ、そしてこの庭には、部活が終わった夕暮れどき、学校帰りに寄っているということ。

お互い毎日ここに来ているのに、なんで一度も会わないんだろうって、少し不思議だったんだけど、私は登校前の早朝にここに来るから、夕暮れどきに来る彼と、一度も会ったことないんだな、と納得した。

いつものように日記を開く。昨日は、『新しい花を植えようかと思うんだけど、何か好きな花ある。』って聞いたんだ。どんな答えが返ってきたかな。

『新しい花植えんだ。またにぎやかになるな。楽しみだぜ。好きな花か。わりぃ、花の名前、朝顔とか桜くらいしかわかんねぇんだ。お前はどんな花が好きなんだ。』

返事の内容に小首をかしげた。花の名前も二つしかわからないくらい詳しくないのに、毎日ここに通ってるんだ。なんか、面白い。

『毎日来てくれてるから、花に詳しいのかなって思っちゃった。朝顔と桜、綺麗だよね。私は、リンドウが好きだよ。昼の空の青と夜の海の青を混ぜたような、綺麗な色の花なの。今度咲いたら場所を教えるから、よかったら見てね。』

リンドウといえば、彼との出会いのあのハンカチも、リンドウが刺繍されたハンカチだったっけ。大好きな花が彼との縁を繋いでくれたことが、改めて嬉しくなり、足取り軽く学校へ向かった。


*


教室に着き、窓の外を見る。今日もいい天気。こんな天気の日に庭でのんびりできたら最高なんだけど。今度の休日も晴れるといいな。そんなことを考えていると、ふいに、ガタッと大きな音が隣の席から聞こえた。少し驚いてそちらを見ると、隣の席の神尾君と目があった。

「あ、わりぃ、うるさかったな。」

「ううん、少しびっくりしただけ。」

そっか、よかった、と笑う神尾君からは、朝とは思えないくらい汗がダラダラと流れていた。

「すごい汗。どうしたの。」

「ああ、俺テニス部だからよ、その朝練。」

タオルで汗を拭いながら、神尾君はそう言った。

「朝から大変だね。」

私がそう言うと、神尾君は楽しそうに笑いながら言った。

「大変だけどさ、すっげー楽しいぜ。」

そう言った神尾君の顔は本当に楽しそうで、熱中できるものがある人の笑顔だな、なんて少し羨ましく思った。

「すごいね。それだけ熱中できるものがあるんだね。」

羨望の色が少し混じった声でそう言うと神尾君は不思議そうな顔でこちらを見た。

「ん、神崎にはねぇの。熱中できるもん。」

「部活には入ってないし。」

「部活じゃなくてもさ、なんでもいいから。」

神尾君に言われて改めて考えた。

「庭作り、かな。」

神尾君は不思議そうに、庭作り、と聞き返した。

ああ、やっぱり運動で汗を流している人にふる話題じゃなかったよね、と少し後悔しつつ、後に引けずにそのまま続けた。

「うん、庭作り。土を作ったり、花を植えたり、水をあげたり、日当たりよくしたり、庭の手入れをするの。毎朝してるんだ。すごく楽しいの。」

笑いながらそう言うと、さっきまで不思議そうな顔だった神尾君も、二カっと笑った。

「やっぱ、あんじゃん。熱中できるもん。」

運動部の子からしたら、庭作りの話なんて退屈かな、呆れられるかな、とか思っていたんだけど、神尾君はそんなことなかったみたいだ。

「うん。」

頷きながら、嬉しい気持ちでいっぱいになった。あまり話したことなかったけど、神尾君っていい人だ。我ながら単純だけど、そう思った。

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