魔女の庭
『ハンカチ拾ってくれてありがとう。』
開いたままの日記帳の最後に書かれた一文を見て、見間違いじゃねーよな、と何回か瞬きを繰り返した。うん、見間違いじゃねーや、本当に書いてある。これ、俺に向けて書いたんものだよな。昨日ハンカチ拾ったの、俺だし。そっと日記帳を手に取って、昨日の夕暮れどき、ここへ来たときのことを思い出した。
*
ああ、今日も疲れた。けど、すっげー楽しかった。腹減ったな。今日の晩飯なんだろ、なんて考えながら歩いていたとき、ふと、道ぞいにある立派な門が目に入った。ここの門、いつも開いてんだよな。門の先に見える庭は、前は寂れて廃れた庭って感じだったけど、最近は誰かが手入れをしているみたいで、どんどん華やかな庭になってきている。
門からチラと中を見ると、やっぱり、いつもと同じく人はいない。いつもなら中をのぞくだけなんだけど、今日はいつもと違って、気づいたら庭の中に入っていた。まるで庭に呼ばれているような、中に引き込まれていくような、そんな感じ。
「もしかして、魔女とかいたりして。」
呟いた声は、思っていたよりも楽しげに響いた。魔女がいたらそんときゃそんときだ、なんて自分の考えに笑いながら、周りを見回した。沈みかけた夕日に照らされた庭は、なんだかとても、あたたかく見えた。庭に入る前は、綺麗だなとか、華やかだな、としか思ってなかったけど、なんかこの庭って優しい感じがする。きっと優しい人に慈しまれて手入れされているんだろう。どんな人なんだろうな。さっきは「魔女」なんて思って笑ったけど、こんな優しい庭を作る魔女なら会ってみたいぜ。そう思いながら歩いていると、白くて小さい花のところに(名前わかんねーけど、可愛い花だな。)ハンカチが落ちているのを見つけた。拾って、広げてみる。同じく名前のわからない、青い綺麗な花が刺繍されたハンカチだった。この庭を手入れしている人の持ち物だろうか。なんとなくそのハンカチを手に持ったまま足を進めた。
庭のすみに、屋根があった。その下には丸いテーブルといす。なんとなく近寄ってみると、テーブルの上にはペンと開いたままのノートが一冊置いてあった。
「日記帳か。」
日付がページの一番上に書かれたノートを見て、そう呟いた。日記なら勝手に見ちゃまずいよな、と目をそらそうとしたその時、「ハンカチ」の文字が目に入った。もしかして、このハンカチと何か関係があるんだろうか。悪いとは思いつつ、日記に目を戻し、「ハンカチ」の文字をもう一度探した。
『ハンカチを落としたみたい。リンドウの刺繍、気に入っていたのに。もう学校に行く時間だから、明日探そう。』
リンドウがどんな花かは知らねーけど、たぶん、このハンカチのことだよな。やっぱこの庭を手入れしてる人のだったんだ。拾っといてよかった。
ハンカチについていた土をもう一度払い、綺麗にたたんでから、日記帳の横に置く。そのままここを離れようとして、ふと、足をとめた。そのまま帰ってもいいんだけど、なんとなく、俺がここにいた痕跡を残してみたい気になった。
ペンをとり、日記帳にはしらせる。
『白い花のとこにおちてた』
綺麗な筆跡の中で、俺の文字は少し目立って見えた。
明日これを見て、どう思うだろうか。驚くだろうか。不気味に思うだろうか。それとも、ワクワクしてくれるだろうか。今の俺みたいに。
反応があったらいいな、なんて思いながら庭を後にした。
*
「反応、あったじゃん。」
一言だったけど、この「ハンカチ拾ってくれてありがとう。」は確かに俺に向けられた言葉だ。なんか、ちょっと、嬉しいかも。その文字は、心なしか楽しげに見えた。
返事があったってことは、少なくとも不気味に思われたりは、してねーよな。もし嫌がられたんなら、日記帳ここに置いたままにしてないだろうし。
迷った末にペンをとり、日記帳にはしらせた。
『どういたしまして。毎日手入れしてんのか。なんかあったかい庭だな。』
不自然、じゃねーよな。いや、相手年上な気がするし、敬語の方がよかっただろうか。まあ、書いちまったもんは、しょーがねーよな。
また返事来たらいいな、なんてワクワクしながら、ペンを日記帳の横に戻した。明日も、部活終わりに来てみよっと。
prev next