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秘密の花園


ずいぶんと花が増えたな。周りに咲き乱れる花々を見て、至福のため息をついた。初めてここに来たときは、草が生い茂って、緑一色だったっけ。


今では植物園みたいになっているこの庭に、私が初めて入ったのは、1年前の夏のことだった。いつも開けっ放しになっている大きな門からのぞく広い庭が気になり入ってみたのだ。草が生い茂っているその庭の片隅にはジョウロやスコップ、鍬などが置いてあり、かつては綺麗に手入れされた庭だったのだろうことがうかがえた。きっと綺麗な庭だったんだろう。見てみたかったな。

「まあ、珍しい。可愛いお客さんだこと。」

花いっぱいの庭に思いをはせているところに、背後から声をかけられ振り返った。優しい笑顔のおばあさんだった。

「あ、すみません。勝手に入ってしまって。」

ふと我に返り、あわてて謝ると、おばあさんは、いいのよ、と笑った。

「もう手入れしていないから、広いだけで見応えのない庭でしょうけど、よかったら好きなだけ見ていってちょうだい。」

そう言って庭を見つめたおばあさんの目には、今の庭ではなく、かつての庭がうつっているような気がした。すごく、優しい目をしている。きっと、素敵な庭だったんだ。

「あの、私にここの手入れをさせてもらえませんか!」

勢いよくそう言った私を見て、おばあさんはとても驚いた顔をしたあとで、綺麗に笑った。そのときからここは、私の「秘密の花園」だ。


おばあさんは、支倉美智代さんといった。初めは支倉さんと呼んでいたのだけど、せっかく若いお友達ができたんだから美智代さんって呼んで欲しいわ、とお茶目な笑顔で言われ、今では美智代さんと呼んでいる。

美智代さんに、どんなふうに手入れしたらいいかとか、前はどんな庭だったのか聞いたら、

「伊織ちゃんの好きなようにしていいよ。」

と笑顔で言われた。なんだか、嬉しい。

何から取り掛かろうかワクワクしつつ、まず初めに取り掛かったのは土作りだった。草を掘り起しながら硬い土を耕したり、腐葉土を混ぜたり。白っぽく硬かった土が、だんだんと柔らかく優しい色になっていくのは、とても嬉しかった。

庭の片隅には、屋根のついた椅子と丸テーブルがある。庭づくりを始めてから、ここで毎日日記を書くのが日課になった。初めはどこに何を植えたとか、芽が出たとかを書いていたけれど、最近では、その日思ったこと、嬉しかったこと、いろんなことを書いている。
今日の手入れも終わり、いつものようにテーブルの上に開いたまま置いておいた日記帳を見た。

「あれ、このハンカチ。」

驚いて、思わずそう声に出した。日記帳の横に畳んで置いてあったのは、昨日私がこの庭で落としたはずのハンカチだった。おかしいな。落としたんじゃなくて、ここに置き忘れただけだったのかな。

不思議に思いながら日記帳を見て、さらに違和感を感じた。なんだろうと日記帳をよく見て、すぐにその違和感の正体に気が付いた。昨日私が書いた、

『ハンカチを落としたみたい。リンドウの刺繍、気に入っていたのに。もう学校に行く時間だから、明日探そう。』

の下に、知らない人の筆跡で一言、

『白い花のとこにおちてた』

と書いてあったのだ。
誰だろう。美智代さんの字じゃないし。

何故だか胸が高鳴るのを感じた。何か、面白いことが起こるような、そんな感じ。

いつものように手入れの内容と、今日のことを書いてから、少し空間を開けて、一文添えた。

『ハンカチ拾ってくれてありがとう。』

返事、来るだろうか。何か新しいことが始まるような高揚感を感じながら、ペンを置いた。

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