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4:あなたの好きなところ


今日は待ちに待った、放課後デートの日。天気は晴れ。気持ちのいい風。うん、デート日和。

放課後になり、ドキドキを落ち着けながら謙也の方をうかがうと、こちらを見ていたらしい謙也と目があった。ニカッと笑いながら、近づいてくる謙也。

「ほな行こか!」

「うん。」

私の隣を歩く謙也のいつもよりゆっくりな歩調。信号を待ちながら赤信号を見つめる謙也を、横から見つめる私。視線に気づくと、ん?って言いながら、笑いかけてくれる。

こんな何気ないことも、幸せだって思うのは、私が謙也を好きだからなんだな、なんて、今更な事を考えてちょっと笑った。

「なんやなんや、人の顔見て笑って。」

謙也は笑って、失礼なやっちゃな、なんて言いながら、私の頭を両手でぐしゃぐしゃーと撫で回した。

「あははっ、もう、痛いって。」

笑いながら頭を謙也から避けると、謙也も、スマンスマンと笑う。さりげなく手櫛でといて髪の乱れを直してくれる謙也に、密かにときめく。

「お、あっち見てみぃ神崎。」

なんだろう、と謙也の指す方を見ると、公園の中にクレープの移動販売トラックが停まっていた。

「あ、クレープ屋さんだ。」

「いつもおるんかな?大抵帰り遅いから気ぃつかんかったわ。」

「私も初めて気づいた。」

クレープのトラックに向かって歩きながら、神崎はなんにする?なんて笑顔で問い掛ける謙也の中では、今から私と一緒にクレープを食べる事は決定事項みたいだ。なんだか、本当にデートみたいで、嬉しいや。

メニュー表を見ると、たくさんの種類のクレープがあった。アイスや生クリームの入った甘い物から、ツナとかの甘くない物までいろいろ。あ、ケーキを挟んだやつもあるんだ。チーズケーキ、ガトーショコラ、…わあ、ティラミがある!美味しそう。これにしよう。

「謙也は決まった?」

メニュー表から謙也に視線を移すと、謙也も私に視線を向けた。

「んー、俺のは決まってへんけど、神崎が頼むのはもう分かったで。」

「どれだと思う?」

結構前に、チョコバナナクレープが美味しかったって話したから、もしかしてそれかな。今日は違うんだけどなー、なんて内心笑いながら聞くと、謙也は自慢げな笑みで、メニュー表を指した。

「あれやろ。ティラミスのやつ。」

「え、せーかい。」

「ふっふ、どんなもんや!さすが俺。」

自慢げな謙也がおかしくて、ぷっと吹き出す。

「でも、なんで分かったの?」

謙也は店員さんにティラミスを二つ頼んでから、また自慢げな笑みを私に向けた。

「前、チョコバナナうまかったって話しとったから、それかなーって初めは思っててんけど、神崎見とったら、ケーキ挟むやつあたりをみながら目ぇキラッキラさせとるし、最近ケーキはティラミスにはまっとるって言っとったし。」

すごい、よく見てる。

なんだか嬉しくて、ちょっとくすぐったいような気持ちになった。

「ふふん、どや、名推理やろ。」

「え、ちょっと麻酔銃で針刺されたんじゃない?大丈夫?」

謙也がこんな名推理なんて、と言いながらわざとらしく首の後ろを見ると、謙也にぺしっと頭を軽く叩かれた。

「アホ、見た目は大人、中身は子どもな名探偵なんておらんわ!」

「くっ、謙也、逆、逆!」

「へ?ああ、見た目は子ども、中身は大人やった!見た目は大人、中身は子どもやったら、ただのアカンオッサンやな!」

ツボに入ってしまい笑う私の横で、謙也もツボに入ったらしく、ヒーッお腹痛っ、とお腹を押さえながら笑っていた。謙也とは笑いのツボが近いみたいで、クラスでもよく、皆が笑ってないのに、謙也と私だけがお腹をかかえて笑っていることがある。といっても、皆、初めは笑ってなくても、大抵は謙也につられてしまって、すぐにクラスが笑い声で溢れるんだけど。笑顔を伝染させられる謙也は、やっぱりすごいな。

「お、クレープできたみたいやな。」

謙也は、おーきに、と店員さんに言って笑顔でクレープを二つ受けとった。

公園の中のベンチに座り、クレープを手渡される。美味しそう。

「いっただきます。わ、うま!」

「いただきます。本当、美味しい!」

ほろ苦いコーヒーが、生クリームとチーズの甘さを引き立て、すごく美味しかった。

「めっちゃうまいな、これ。」

謙也も気に入ったみたいで、幸せそうな笑顔でまたパクリとかみ付いた。謙也って、本当美味しそうに食べるな。

「そういえば、謙也もティラミスなんだね。好きだった?」

あまりティラミスとかコーヒーのイメージがなかったので尋ねると、謙也は私を見てニカッと笑った。

「神崎がティラミスはまっとる言うたから、どんなんかなーって思って。うまいな、これ。」

「うん、とっても美味しいね。」

こんなことをサラッと言って、謙也は簡単に私をドキドキさせる。そんなこと、謙也はちっとも知らないと思うけど。

クレープを食べ終わり、横にあったごみ箱に包み紙を捨て、何をするともなく、またベンチに腰掛けた。

渡すなら、今、かな。

謙也宛てのラブレターが入った鞄の持ち手を、キュッと握る。

「あのね、謙也。」

「ん?」

遠く流れる雲を見て、あれ、中にラピュタあるんちゃうかな、なんて呟いていた謙也は、私が呼ぶと、私に顔を向けた。

緊張で震える手をしずめ、手紙を取り出し、両手で謙也に差し出した。

「お、書き直したん?」

「ううん、書き直してない。書き直すって、嘘なの、ごめん。」

今日のデートの出来事が、頭を駆け巡った。

歩調を合わせてくれる優しいとこ、何も言わなくてもじっと見てたら視線に気づいてくれるとこ、私の好きな物を覚えてくれていたこと、笑いのツボが近くて一緒にお腹が痛くなるくらい笑えるとこ、そして、隣にいるだけで幸せな気持ちにさせてくれるとこ。

やっぱり、私、謙也が大好きだ。

すぅと息を吸って、吐いて、謙也の目を見た。

「私、謙也が好き。この手紙、謙也に書いたものなの。」

「へ。」

謙也の間抜け面がなんだかおかしくて、少しだけ緊張が解れた。

「だから今日は、デートみたいで、なんか嬉しかった。ありがとう。」

笑って言うと、謙也はぎこちない仕草で自分を指さしながら口を開いた。

「…俺?」

「うん、謙也。私が好きなのは、謙也。」

やっと理解できたのか、謙也の顔は一気に赤くなった。

これが、私のことを意識して赤くなってるのなら、いいのにな。そうじゃなくて、友達だと思っていた私にいきなり告白されて戸惑って照れてるだけだなんてわかってるけど。

謙也はおずおずと、私の差し出している手紙を受けとった。この手紙が謙也の手に渡るのは、これで二度目。今度こそ、ちゃんと気持ちごと、渡せた。

「返事は、いつでもいいから。今日は、ありがとう!」

手紙を渡せたことで一気に力を使い果たしてしまった私は、謙也の返事を聞く前にそう言ってベンチを勢いよく立った。

その勢いに気圧されたのか、謙也は、お、おう、と少し驚きながらも、片手をあげてくれた。


謙也がラブレターを受けとってくれた。私の気持ちを知ってもなお、ちゃんと挨拶を返してくれた。

それだけでも、もう、なんだか幸せだった。


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