2:鈍いのに鋭い君が好き
「あ、あの、ちょっと手紙の文章おかしかったかもしれないから、書き直すよ、うん。だから、まだ渡さないから、大丈夫。」
まさか自分宛てだなんて微塵も考えつかないような表情で、ほんで、誰に渡したらええん?と聞いてきた謙也に、なけなしの勇気を折られてしまい、思わずそんなことを口走ってしまった。
自分で言っておいて、なにが大丈夫なんだという感じだけど、とりあえずここは仕切直しだ。謙也の手に一旦渡った手紙を取り戻すべく、
「だからそれ返して。」
と言うと、謙也はさっきの照れた表情のまま小さく吹き出した。
「ぷはっ、おっちょこちょいさんやなー、神崎は。」
「もう、おっちょこちょいでもなんでもいいから、はい、手紙。」
おっちょこちょいっていうか、謙也がこんなに鈍くなかったら、なんの問題もなかったんだけど。…いや、私の勇気が足りなかったからか。
謙也は、私のふてくされた顔がおかしかったのか、また笑ってから、やっと手紙を返した。
一度渡したラブレターが、また手元に戻ってきただなんて、なんだか変な感じがする。次こそは、もっとはっきり、謙也に書いた手紙だと言ってから渡そうと決意して、謙也と連れ立って教室に戻った。
*
そんなことがあった翌日。昨日の決意はどんどんしおれていくばかりで、はあ、と大きくため息をついて机に突っ伏した。手には、昨日渡すはずだった謙也宛てのラブレター。
なんだか一回出鼻をくじかれたせいで、嫌な考えばかり浮かんでしまう。
謙也は私のことただの友達としか思っていないから、ラブレターを渡されても仲介としか思わなかったんだな、とか。そんな私がもう一回はっきり言って渡しても、今度ははっきりフラれるだけなんじゃないかな、とか。
ああ、やだな、とまた一つため息をつくと、朝練を終えた謙也が教室に入ってきた。
「おはよ、神崎。お、手紙持ってきたんやな。うまく書き直せたん?」
「おはよ、謙也。あー、うん、まあ。」
書き直してなんかないけど、曖昧に頷いた。だって、本当は書き直すとこなんて、ないんだし。
すぐに自分の席に戻るかと思っていた謙也は、私の想像に反して、私の机の前にしゃがんで、机に突っ伏した私と目を合わせた。
顔の近さが恥ずかしくて顔を机から離そうとするより少し早く、謙也が私の頭にポンッと手を置いた。
「凹んでんなー、神崎。一日経ったせいでいろいろ考えてもて、手紙渡すん怖なってしまったんやろ。」
「…よく、わかったね。」
顔は近いし、そのせいで謙也の声がすごく近くで聞こえるし、頭に手置かれてるから動けないしで、もう頭がいっぱいいっぱいになってしまって、なんとか一言だけ返事をした。
謙也はそれを聞くと、ニカッと明るく、少し誇らしそうに笑った。
「そら、神崎んことよう見てるからな!」
至近距離のキラキラ笑顔と、その発言のせいで固まっていると、謙也は更に続けた。
「せやから神崎がめっちゃええ奴やってことも知っとる。誰に渡すんかはわからんけど、きっとそいつも神崎んこと知ったら、ええ奴やって思うって。」
「…うん。」
「せやから元気だしや!」
謙也はそう言って、私の頭に置いていた手を少し乱暴に動かし、ぐしゃぐしゃっと頭を撫でた。
ああ、もう、やっぱり、好きだ。
なんだこの鈍感ばか、とも思うけど。それでも、こうやって友達が落ち込んでたらさりげなく励ます謙也が、私は大好きなんだ。
顔が近いのも、ラブレターの話を周りに聞かれたくないだろうという、謙也の配慮だってことも、本当はわかってる。
「ありがと、謙也。」
「おう!」
「私の好きな人はね、友達思いで、優しくて、気遣いができて、かっこよくて、いつも全力でキラキラしてる人なんだ。」
「おー、なんかええ奴みたいやな!」
「うん、めっちゃええ奴。私その人を好きになれて、本当によかった。だからね、また頑張って、手紙渡すよ。」
少し照れながらも、決意してそう言うと、謙也は、応援してるで、と嬉しそうに笑ってくれた。
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