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1:はじまりのラブレター


昼休み、校舎裏の大きな樹の下。緊張で少し震えそうになる体を、落ち着け、落ち着けとなだめる。

謙也は来てくれるだろうか、と少し不安になって、首を振ってその考えを振り払う。謙也はいい奴だから、約束を無視したりはしない。

謙也とは、仲の良い関係だと思う。たまに一緒に帰るし。帰り道に駄菓子屋とかゲーセンとか寄ったりもするし。謙也は、私のことを「ええ友達や」と言ってくれる。初めはそれが嬉しかったのに、いつからかそれが少し苦しくなった。

なんで苦しいのかと考えて、ある気持ちに気付いた。そうか、私は謙也が好きなんだ。友達としてだけではなく。それ以上に。

一旦気付いてしまうと、その気持ちは日々大きくなる一方で、このままただの友達としてそばにいるのは辛いと思った私は、謙也に思いを告げることを決心した。

それで、昼休みに校舎裏に来て欲しいと謙也を呼び出したのが、今日の午前の授業が始まる前のこと。


目を軽く閉じて、謙也とのことを思い出しながら気持ちを落ち着かせていると、足早に近づいてくる足音が聞こえてきた。

「おう、待たせたな、神崎。」

「いや、大丈夫。来てくれてありがとう。」

緊張していたはずが、謙也の笑顔を見た途端、不思議と落ち着いた。やっぱり、謙也が好きだな、と思いながら、手の中のラブレターをきゅっと握る。

「ええねん、ええねん。せやけど、クラス一緒なんにわざわざ呼び出すやなんて、どんな用事なん?」

まさかラブレターを渡す為に呼び出されただなんて思ってもいない様子の謙也に、一瞬怯みそうになるも、いやいや負けるなと思い止まる。今日の為に、いろいろ頑張ったんだ。私は謙也の目をしっかりと見ながら、手に持ったラブレターを真っ直ぐ差し出した。

「謙也に、これを渡したくて。」

ハートのシールで封をした、淡い色の封筒。どっからどう見ても、ラブレターだ。

受けとってくれるだろうかとドキドキしながら差し出すと、謙也はゆっくりとそれを受けとった。

「な、なんか照れるな。」

「う、うん。」

受けとってくれたと喜びつつ、好きですと告げようと口を開きかけるより先に、謙也君は照れたような笑みで口を開いた。

「ほんで、これ、誰に渡したらええん?」

「…へ?」

謙也は照れた表情のまま、いくら仲のええ友達とはいえ、ラブレターの仲介はなんや照れるな、と笑った。

ラブレターの、仲介?

ちょっと待て。じゃあさっきから謙也が照れていたのは、私の好意に気付いたからではなく、ましてや脈があったからでもなく、ただ単に誰かに渡すラブレターの仲介を頼まれたと勘違いしたってことなのか。




いつもより綺麗にセットした髪型。何回も書き直して、内容をねった手紙。可愛いハートシールで封をして、一目でラブレターだとわかる封筒。焦って渡す相手を間違えたりしないように、渡す本人を呼び出して、顔をしっかりと見て、手渡し。隙なんて、ないはずだった。でも私は、ただ一つ見落としていたんだ。それは、

…謙也の鈍感さ。


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