long | ナノ


26


目を覚ますと、自分の部屋のように馴染んでいたあの小屋ではなく、本当の自分の部屋のベッドの上だった。

…帰って、きた?

久しぶりな自分の部屋を見回しても、嬉しいという感情は素直にわいてこなかった。

ずいぶんと長い間いなかったから、きっと両親が心配してるだろうとリビングに向った。

「あら、おはよう。」

「え、…おはよう。」

お母さんはなんでもないように挨拶すると、またテレビに目を戻した。

「え、お母さん、心配してなかったの?」

お母さんのあまりの自然な態度に戸惑いつつ尋ねると、お母さんは不思議そうな顔で私を見た。

「ん、何のこと?」

「何のことって、…だって、私、何ヶ月も、いなくて、森にいて、だから、」

自分でも言ってて何がなんだかわからなくなってきた。

私の様子がおかしいと気づいたのか、お母さんは、心配そうに眉を下げた。

「どうしたの?昨日だって一緒に晩御飯食べたじゃない。…何か怖い夢でも見たの?」

…夢?

夢、だったのかな。


「ごめん、そうかも。ちょっと疲れちゃったみたいだから、部屋戻るね。」


夢、あれが、ただの夢?

白石君と過ごしたあの空間も、白石君の存在自体も、ただの夢?

考えていたら頭が痛くなってベッドに倒れこんだ。


そうなのかもしれない。だって、歩いても歩いても出られない森とか、いろんな姿に変わる人とか、言葉を話す犬とか、扉を開けた人が好きなものでいっぱいになる部屋とか、考えてみたら、全部ぜんぶ、現実味がない。

夢だったんだ、きっと。

だから、この胸の喪失感も、瞼を閉じると見える白石君の顔も、きっと気のせい。

ちょっと不思議な夢を見ただけ。少し時間が経ったら、こんな不思議な夢を見たんだって友達に話して、それで、おしまい。今にも泣いてしまいそうなこの感情も、きっとそれでおしまい。


このまま考えるのを放棄して寝てしまおうと目を閉じると、ふと指先が何かに触れたのに気づいた。

なんだろう、と目の前までもってきたそれを見て、私は愕然とした。



「…モフ、」

私の手に触れた物の正体は、白石君が、一人の時も心細くないようにとくれた、ぬいぐるみのモフだった。

どうして、だって、あれは夢だったんじゃ。


モフをじっと見ているうちに、だんだんと視界が歪んできた。気づかないうちに、涙が出てしまっていたみたいだ。

泣き止もうと思って拭っても、どんどん涙がこぼれでてきた。


夢なんかじゃなかった。
白石君は、確かに、いた。


…でも、例えそれがわかっても、私には白石君に会いに行くすべがない。

白石君が連れて行きたいとこがたくさんあるって笑って言ってくれた時、本当は、凄く嬉しかった。私だって、白石君と一緒に行きたいとこ、たくさんあった。タコ焼きだって、焼いたことないけど、一緒に焼いてみたかった。


でも、そんなことを思ったって、もうどうしようもない。

次から次に流れてくる涙を拭うことを諦めて、唯一白石君の存在が夢ではなかったと感じさせてくれる手の中のモフを、ただただ見つめた。


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