long | ナノ


24


緊張しながら扉を開くと、白石君がいつもの笑顔で立っていた。

「おはよう、伊織。」

「おはよう、白石君。」

いつものように窓際の椅子に腰掛けた白石君の向かいに、ゆっくりと座った。

「あのね、白石君、」

「ん?どないしたん?」

今から私が言おうとしていることだなんて全く予想だにしていないであろう白石君を見て、少し口をつぐみかけたけど、気合いを入れてまた口を開いた。

「さっき、夢で住人にあったんだ。…もうすぐ帰ってくるから、私も小屋から出られるって。」

白石君の顔は嬉しそうに綻んだ。

「ほな、やっと小屋の周り以外の場所にも行けるな!伊織を連れて行きたい場所たくさんあんねん。こないだ行こうって行ってたケーキ屋はもちろんやけど、他にもごっつ美味しいタコ焼き屋とか、伊織にあげたモフをとったゲーセンとか、」

楽しそうに語る白石君を見て、胸が痛んだ。

「あのね、白石君。四天王寺なら知ってるけど、四天宝寺なんて地名、私、知らないんだ。」

白石君は不思議そうに首を傾げた。

私だって、俄かには信じられなかったし、信じたくなんてなかった。でも、あのピクニックの時に「四天宝寺」という知らない地名を聞いてから、白石君との会話の中で違和感を感じることが何回かあって、気づいてしまったんだ。

「多分、私のいた世界とこの世界、ちょっとずれてるみたい。だからね、多分ここを出たら、白石君には会えないんだと、思う。」

そこまで言うと、白石君は驚いたように目を見開いた。私はその視線から逃げるように目を伏せた。

「気づいた時に、もっと早く言うべきだったのかもしれないんだけど、言ったらもう来てくれないかもしれないと思ったら、言えなくて。ごめんなさい。」

「そんな、」

白石君は、その後に続く言葉が出て来なかったみたいで、そのまま口を閉じた。

「もうそろそろホームルームなんじゃない?またね。」

「…おん、また。」

なんとか取り繕って笑顔で送り出したけど、白石君は難しい顔のまま、小屋を出て行った。

本当は、こんなこと白石君に言いたくなかった。でも、何も言わずにさよならするのは、もっと嫌だったんだ。

ふう、と一人でため息をついていると、急にふわっと空気が動いて、夢に出てきたあのわんちゃんが姿を現した。

「ただいまー!たーのしかった!」

楽しそうに無邪気にはしゃぐわんちゃんを見て、泣きそうだった気持ちが少しだけ暖かくなった。

「おかえり、わんちゃん。」

「留守番ありがとう!じゃあ、僕帰って来たから、君も帰すね。本当ありがとうねー。」

え、ちょっと待って、と言う暇もなく、気づいたら視界が歪んでいた。

嘘、そんないきなり。

沈んでいく意識の中で、最後に白石君の笑顔を見られなかったのが残念だったな、なんて思った。


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