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伊織の緊張感が和らいだのを見て、先を読もうとページをめくった。
どうやって森の外に出たか書いてへんやろか?たぶん小屋の住人が旅から帰って来たら留守番も終わりで森から出られるんやろっつーことはわかってるけど、確証があるわけではないし、そもそもいつ帰ってくるかわからんし。不安にさせたないから、こないなことわざわざ言わんけどな。
『5月7日
周りに繁ってる果物食ってみたけど、すげーうめー。みずみずしいのに、甘さ濃厚だし。』
『5月8日
果物、甘いのばっかだと思ったらすっぱいのとか爽やかなのもあった。甘いの、すっぱいののスパイラルがとまんねー。』
『5月9日
調子のって食べすぎた。しばらく寝とこー。』
『5月10日
焼肉食べたい。』
食べ物のことしか綴られていない内容を読み飛ばしながら先に進んだ。
『6月20日
奴が帰ってきた。お土産だと言って、金細工の栞を貰った。…ってこれ金閣じゃん。行きたいとこって京都かよ!
留守番ありがとうねー、と今にも森から出しそうな様子の奴を、ちょっと待てと制して、この間食べられなかったケーキについてはどう落し前つけてくれる、とつめよったらまたケーキをたくさん食べさせてくれた。美味しかった。懐柔されたわけでは断じてないが、まあ、そんな目くじら立てることでもねーか。
奴にそう言うと、誰とも話せずこんな小屋の留守を任されてたわりにはノリ軽いねーって言われたから、お前のせいだと叩いておいた。叩いた瞬間、可愛い小さな女の子になりやがって、なんか悪いことした気になんじゃねーか、…いや、俺は悪くないよな。』
やっぱりこの人の前でも住人の姿は一定やなかってんななんて思いながら読み進めて、ふと気づいた。
「この人、誰とも話さずに、一人で留守番しててんな。」
「うん、そうみたいだね。…その割りに元気そうだけど。」
なんで、俺は伊織に会えたんやろ。この人の時は誰も訪ねて来なかったみたいやし。…誰も来られないようにしとったってことやんな。
「なあ、伊織はなんで小屋に閉じ込められたんやと思う?」
日記をパタンと閉じて聞くと伊織は不思議そうに首を傾げた。
「理由があってここの住人は小屋を空けたくはない。せやけど旅もしたい。せやから旅に出る時、条件つけて小屋の留守番頼んどる。(まあ、ケーキ食べ放題とか、犬モフモフとかが交換条件てどうなんってちょっと思うけど)」
伊織が理解しようと努めながらコクリと頷いたのを見て先を続けた。
「こんな誰も来ぇへんような小屋に、わざわざ出られないようにしてまで人を置いとる理由って、なんやと思う?」
伊織は言ってる意味がわからないというような顔で首を傾げた。
「留守番じゃ、ないの?」
「留守番が必要な、理由。何もないんやったら、別に留守番いらんやん。これは仮説なんやけど、多分小屋ん中かその周りに、なんか大事なもんがあるんとちゃうんかな。」
伊織は少し考えこんでから口を開いた。
「でも、そんな大事なものがあるなら、こんな初対面の私に頼むかな?私がそれを知らずに壊したりしちゃうかもしれないのに。」
「んー、そうなんよな。」
確かにそこが気になるところではある。せやから仮説の域をでーへんねん。大事そうな「何か」が見つかりでもしたら話は早いんやけど。
小屋ん中は前に調べたし、小屋の周りやろか?せやけど周りっつーても木ばっかやしなー。
そのまま考え事をしながらふらーと小屋の外に出ようとすると、置いて行かれると思ったのか、伊織が慌てて立ち上がった。そんな急いだら転ぶで、と伊織に目を向けると、椅子の足に足をひっかけて伊織が転びそうになっていた。
「あっぶな!…ふう、怪我、ないやんな?」
とっさに伊織を抱きとめたから、伊織は無事やったみたいや。食器棚に背中をしたたか打ち付けてもてちょっと痛いけど、伊織に怪我がなくてよかったわ。
「ごめんね!ありがとう、白石君…えっ、」
「ん、どないしたん…あ、」
いきなり俺の後ろを見て驚いた声をあげる伊織を不思議に思い目線を辿って、俺も思わず驚きの声をあげた。
俺が食器棚に背中をぶつけたせいでその位置がずれて、食器棚の後ろに隠されていた扉が見えていたのだ。
「…隠し扉?」
「…ほんまやな。」
予想外の出来事に、二人で顔を見合わせて固まってしまった。
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