20
朝練の為に早く学校へ来たはいいが、急な土砂降りでコートがぐちゃぐちゃになってしまった。雷が鳴り響く中、こんくらいの天気やったらまだまだ平気や!と言い張る部員達を、すべって怪我でもしたら大事やからとなだめて、朝練は中止にした。
まだホームルームまで時間あるし、伊織んとこでも行こかー。
一旦鞄を教室に置きに行こうと廊下を歩いていると、司書さんに後ろから声をかけられた。
「あー、ええとこに見つけたわー、白石。」
「どないしたんですか?」
「こないな天気やから朝練なくなってんやろ?ちょっと図書室の本の整理手伝ってくれへんかな?」
なあ、頼むでー、と顔の前で手を合わせる司書さんに、大丈夫ですよ、と笑った。
昼休みも伊織に会いに行くし、そんな頻繁に来られても、伊織もびっくりするやろしな。
助かったわ、と笑う司書さんに連れられ図書室に行くと、本がいっぱい詰まったダンボールを渡された。
背表紙に貼ってあるラベル見て本棚に入れてってなー、ということらしい。
日本文学、海外文学、科学、料理とほとんどのジャンルを入れ終わって、あまり立ち入ったことのない図書室のはしにある本棚の前に来た。
この本なおしたら終わりやなーと最後の本を手に取って本棚に入れると、手があたったからか、一冊の本が頭の上に落ちてきた。
「うわっ、…あっぶな。軽い本でよかったわー。」
分厚い本やったら今頃痣できとったやろな、と思いながら落ちた本を拾う。本っていうより、普通のB5のノートみたいや。
背表紙に何もラベル貼ってないし、誰かがいたずらで紛れこませたんやろか?結構古そうやし、ずっと前の生徒のやろな。
「、っ!」
なんとはなしにノートのページをめくって、飛び込んできた文字に、思わず息を飲んだ。
『5月6日
例の幻の小屋に閉じ込められて、何もすることがないので、とりあえず日記をつけてみることにする』
そこまで読んで、パタッとノートを閉じた。それから司書さんに、整理終わりましたよと言って空になったダンボールを渡し、ノートを持って教室に向かった。
とにかく、これは、伊織と一緒に見よう。
昼休みになってすぐ、いつものおにぎりと今朝図書室で見つけたノートを持って小屋に向かった。
「伊織、これちょっと見てや。」
古ぼけたノートを見せると、伊織は首を傾げて受け取った。
「ノート?…勉強するの?」
確かに授業ずっと出てないな、と言う伊織に、ちゃうちゃうと首を振った。
「せやなくてな、これ日記帳やねん。…前、ここに閉じ込められた人の。」
びっくりしたように目を見開いた伊織から、ノートを受け取って、安心させるように笑った。
「中、まだ少ししか見てへんから、一緒に見よか。」
こくりと伊織が頷いたのを見てからノートを開く。何が書いてあるか、少し緊張する。
こく、と伊織の喉が鳴る音が聞こえて、伊織も緊張しているのを感じた。
『5月6日
例の幻の小屋に閉じ込められて、何もすることがないので、とりあえず日記をつけてみることにする。
本当、何もすることなくて暇。ケーキ食べ放題につられて留守番引き受けたの、失敗だったかなー。
確かにこの小屋に来る前に食べたケーキは美味しかったけど、なんか割りに合わん!せめて小屋にもケーキ常備しとけよな。
てか、もうこの小屋をケーキ屋にしたい…ん、小屋とケーキ屋って、なんか響き似てね?』
「…元気、そうな人だね。」
「…せやな。」
日記帳のノリの軽さに、思わず脱力した。
さっきまでの緊張感を返せや、と思わなくもなかったけど、小屋とケーキ屋かー、確かにちょっと似てるかも、と笑う伊織を見て、まあ伊織が笑ってくれるならなんでもええかーと思った。
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