18
朝練が終わってすぐ、小春が駆け寄ってきた。
「ツテあたったり、昔の資料とかいろいろ探ったりしてみてんけどな、あの小屋、どうやら住人がおるらしいで。」
一度も小屋には行けていないのにこうやって一緒に調べてくれている小春に感謝しつつ、話の内容に首を傾げた。
「ん、せやから伊織んことやろ、小屋に住んどるんて。」
「せやなくてな、神崎ちゃんが来る前から、ずっと住んでる住人ってこと。その住人っていうのが旅好きらしくてね、たまに他の人に小屋を任せて旅しに行くんやって。」
「…なんやそら。」
意味がよくわからなくてそう言うと、小春もうんうんと頷いた。
「せやんな、なんやそらやんな。アタシも同じこと思たわ。せやけど、今んとここれくらいしか手がかりあらへんから、神崎ちゃんに、何か、小屋を任せるとか言われた心当たりないか、聞いてみてくれへん?」
「わかったわ、小春、おおきに。」
「いえいえ。またなんかわかったら伝えるなー。」
*
昼休みになるのが、今日はいつもより待ち遠しかった。もしかしたら、伊織を森の外に出す手がかりになるかもしらん。
逸る気持ちを落ち着けて、伊織のもとに向かった。
「伊織、ご飯食べながらでええんやけど、ちょっと聞いてな。」
「?うん。」
不思議そうに頷く伊織に、今朝小春から聞いた住人の話をすると、うーん、と考えだした。
「心当たり、あらへんか?」
「うーん、そういえば、」
「そういえばっ?」
思わずつめよるような勢いで聞き返した俺に少しびくっと驚きつつ、伊織は続けた。
「ここに来る前、お兄さん?お姉さん?犬?に夢で会ったよ。」
「お兄さんかお姉さんなんか、どっちやねん。」
「初めお兄さんだったんだけど、頼みたいことがあるんだけど、って言われて、なんか面倒だったから、知らない男の人の頼みなんてきけないって言ったら、ふわっとして女の人になったの。」
…なんやそら。でもこれ以上話を掘り下げたら話が一向に進まへんなと思って、話を先に促した。
「で、頼みってなんやったん?」
「なんかね行きたい場所あるから、その間留守番頼んでいい?って。」
「ほんで?」
「やだって言ったら、女の人がまたふわっとして、犬になったの、おっきなふわふわした犬に。」
それでお兄さんかお姉さんか犬か、言うとき迷ってんな、と思いつつ、うん、と相槌を打つと、伊織は続けた。
「モフモフしていいか聞いたらね、犬が、留守番頼まれてくれるなら好きなだけモフモフしていいよって。」
伊織は思い出してるのか、ほわーんと幸せそうな顔をした。
「モフモフ、幸せだったな。」
「…さよか。」
なんか、めっちゃ、脱力した。もっとめっちゃ恐ろしい奴なんちゃうかとか、一生出したらんとかヤバいこと言われてへんやろかとかちょっと緊張しとったんに。
「伊織、多分、いや、十中八九それが原因やで。」
伊織が森から出られへんっつー状況はまだ一切変わってへんけど、その住人さえ旅から返ってきたら小屋から出られそうやなと思って、ふう、と小さく安堵のため息をついた。
まあ、せやけど、早く森から出す為に、その住人にははよ帰ってきてもらわんとな。
「とりあえずその住人について知りたいから、ちょっと小屋ん中調べよか。」
伊織を安心させる為に微笑んでそう言うと、伊織は、コクと頷いた。
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