2日目
朝、目が覚めると、知らない部屋だった。そっか、侑士の家に来てたんだっけ。
いい匂いを頼りに歩いていくと、侑士がキッチンで朝ごはんを作っていた。
「おはようさん。休みやねんから、もうちょい寝ててもよかってんで?」
「おはよう。侑士は休みじゃないの?」
土曜日なのに、制服を着てる、と首を傾げると、部活やねん、と言われた。そっか、土曜日も部活はあるよね。
「せっかく起きたんなら一緒に朝ごはん食べよか。和食やけどええ?」
「わーい!美味しそうな匂いでお腹すいちゃってたんだ。」
わかめとお豆腐のおみそ汁大好きー、と笑うと、伊織は朝から元気でかわええな、と頭をなでられた。昨日も思ったけど、侑士、私の頭よく撫でるよな。
一緒に食べた朝ご飯は、やっぱりとっても美味しかった。
「侑士、今日はいつ帰ってくるの?」
「昼過ぎには帰るで。帰ったらお昼一緒食べよな。」
侑士はふわっと微笑むと、優しく頭を撫でてから家を出て行った。侑士が行っちゃうのは寂しかったけど、侑士に頭を撫でられたせいで口元が緩んでしまった。やっぱり、私、侑士に頭撫でられるの好きだな。
*
行ってらっしゃい、って言う伊織、ほんま可愛いかったな。寂しそうにしとったから、すぐ帰るでー、って意味込めて頭撫でたらめっちゃ嬉しそうに笑うし。もうなんやねん、あのかわええ子。
嬉しそうに頭を撫でられる伊織の顔を思い出して、表情が緩みそうになったのを慌てて引き締め直し、部室に入った。はよ着替えて練習しよ。
着替えながら冷静になって、だんだん不安になってきた。伊織、部屋に一人残して来たけど、大丈夫やろか。外出たくなるかもしらんし、鍵渡しとけばよかったわ。喉渇いたりしたらちゃんと飲み物見つけられるやろか。一応昨日、冷蔵庫にあるもん適当に飲んでやー、とは言ったけど。そういえば、あのマンション、たまにセールス来るんやけど、今来とったらどないしよ。ピンポンピンポンされて伊織怯えてへんやろか。アカン、いろいろ心配になってきた。
「侑士、何難しい顔してんだよ。」
「難しい顔しとった?」
隣で着替えていた岳人にポーカーフェイスを装いつつ聞くと、岳人は、おう、こーんな顔してたぜ、と眉を寄せた。
「そら酷いな。」
「だろ?どうしたんだよ。」
「んー、ちょっとな、部屋に残してきたんが心配で。」
俺がそう言うと、岳人は不思議そうに首を傾げた。
「ん?侑士ってペット飼ってたっけ?」
「ちょっとな。」
「いいなー!猫?なあ猫だろ?なんか侑士ってそんな感じ!今日帰り寄ってっていいだろ?ブラッシングしたい、ブラッシング!」
ブラッシングか。昨日お風呂あがりにブラシでとかしながら髪乾かしたときの伊織も可愛かったな。自分でできるんだけどなー、なんて言いつつも、心地好さそうにしとったし。しまいには寝てまうし。安心しきった寝顔、ほんまに可愛かったな。なんなんやろな、あの可愛さは。ああもうアカン、俺さっきから可愛いしか言うてへんわ。せやけどしゃーないやろ、あんなにかわええんやもん。うん、しゃーない、しゃーない。
「なあ、侑士、いいだろ?ブラッシング!」
間髪入れずに、アカン、と答えると岳人は不満げにうなった。んな声出されてもアカンもんはアカンねん。
「すまんな、ブラッシングは俺の仕事やねん。」
そう言うと、岳人は拗ねたような表情のまま、ちょっと楽しそうに笑った。拗ねるか笑うかどっちかにしたらええんに、器用なやっちゃな。
「なんか侑士楽しそうだな!」
「まあ、そうかもな。」
ちょっとだけ笑って同意すると、岳人は、かもじゃねーって、絶対そう、と笑いながら言った。
「ほら、もう着替えたし早くテニスコート行こうぜ!練習、練習!」
「せやな。」
ぴょんぴょん跳びはねる岳人を追って、部室を出た。帰ったら、おかえり、とか言ってくれたりするんかな。おし、部活頑張ろ。
*
「ただいま。」
リビングのソファーでうとうとしていると、玄関から侑士の声が聞こえて目が覚めた。侑士が帰ってきた!やった!
走って玄関まで出迎えに行って、その勢いのまま侑士に飛びつくと、侑士はしっかりと抱きとめてくれた。それがとっても嬉しくて、侑士の腕の中で、ふふっと笑いがこぼれてしまった。
「侑士、おかえり!」
「ただいま。なんも大変なことなかったか?セールスとか来てへん?喉渇いてへん?暇やなかった?」
「大変なことなかったよ。」
私が笑ってそう言うと、侑士は不安そうに、ほんま?と聞いてきた。
「…本当はちょっと寂しかったけど、でも、侑士が帰ってきてくれたから、もう大丈夫!」
そう言うと、侑士は、ああ、もうほんまかわええ、って言いながらさらに腕に力をこめて、ぎゅーっと抱きしめてきた。ちょっと痛いけど、なんか嬉しいから、いいや。
「侑士部活お疲れ様!お腹すいたよね?」
いつまでたっても腕の中から解放する兆しの見えない状況に、なんだかだんだん恥ずかしくなってきて、明るく話題を変えた。
「せやね、ご飯にしよか。」
やっと腕の中から解放されたんだけど、なんだかそれがちょっと寂しいななんて思っていたら、頭をポンッと撫でられた。なんだか、見透かされてるみたいで恥ずかしいや。
「ご飯ね、私が作るよ!」
「へ?ええよ、俺が作るから。」
「いいの!作りたいの!」
侑士は部活で疲れてるんだからゆっくり休んでて、と言ってキッチンに行くと、侑士はなに作ってくれるん?と笑いながらキッチンまでついてきた。
「オムライス!」
唯一の得意料理なオムライスの名をつげると侑士は楽しみやなーとふわっと笑った。
人に隣で見られながら料理をするのって落ち着かないんじゃないかな、なんて思ったけど全然そんなことはなくて、むしろ一人で作るより楽しかった。もしかしたら、それは隣にいるのが侑士だからかな。
きざんだベーコンと玉葱を一緒に炒めてバターライスを作っている隣で侑士はレタスとトマトのサラダを盛りつけていた。普通に盛りつけただけなのに、侑士がするとすっごく美味しそう。
「ん?何混ぜてるの?」
オリーブオイルとかいろいろを小鉢で混ぜ始めた侑士を不思議に思って尋ねると、侑士は、ドレッシングの出来上がりや、と笑った。
「え?わ、本当だ。」
手の甲に一滴たらしたのを舐めると、確かにドレッシングだった。
「今日のはシンプルにオリーブオイルと酢と醤油な。酢と醤油がめんどかったら、オリーブオイルとポン酢だけでも意外と美味しいんできるで。」
「侑士ってなんか、すごい。」
サラッとそんなことを言う侑士に感動して思わず呟くと、せっかく伊織がオムライス作ってくれてんから、ドレッシングくらい任せてやと笑った。うん、オムライス、失敗しないようにがんばろう!
できあがったバターライスをレモン型に盛りつけて、ふわふわのオムレツをその上にのっけた。ナイフで真ん中を切って開くと、ふわとろなオムライスの完成。
たまに卵に火を通しすぎてナイフを入れてもうまくペロンッてならない時もあるんだけど、ちゃんと成功してよかった。
「ん、できたん?美味しそうやね。冷めへんうちに食べよか。」
「うん!」
侑士お手製のドレッシングをかけたサラダは、やっぱりとっても美味しかった。
侑士もオムライス、美味しいって思ってくれてるかな、口に合わないとかないかな、と表情をうかがうと、侑士と目があった。
「めっちゃ美味しいで。」
「えへへ、よかった、ありがとう。」
昨日侑士が作ってくれたものの方が絶対美味しいと思うんだけど、それでも侑士が美味しいって言ってくれて、嬉しくなった。
*
お昼ご飯の後、一緒にお皿とかを片付けようとしたら、作ってくれたんやから片付けくらい俺がするで、オムライスありがとな、と優しく言われた。ソファーに座って、侑士のいれてくれたあったかいココアを飲んでいると、だんだんうとうとしてきた。まだお昼なのに、なー。
座ったまま目をつむると、隣が少し沈むのを感じた。侑士、もうお皿洗い終わったんだ。
「眠くなったん?お昼寝しよか。」
お昼寝しよか、ってことは、侑士も一緒にお昼寝してくれるんだ。
嬉しくなって、隣に腰掛けた侑士の肩に頭をこんこんと押し当てた。
「ふっ、甘えてくれとるん?ほんまかわええな、伊織は。」
こんなに人に甘えたことはないんだけど、きっと侑士にだから甘えてしまうんだろうな。その甘えるのを嫌がるわけでもなく、かわええなー、って言ってくれる侑士に、すっごく幸せな気持ちになった。侑士は、なんていうか、甘えさせるのが上手いんだよ。
「こんな体勢で寝たら首痛めてまうで?」
だって侑士にくっついてたいしと思って、目をつむったままさらに侑士の肩におでこを押し当てると、侑士は、しゃーない猫さんやなー、と笑って、私を抱き上げた。
「ゆーしー、」
「ん、どないしたん?ベッドまで運んだるから寝ててええよ?」
「眠いけど、侑士がお姫様抱っこしてくれてるのに、寝てるなんて、なんかもったいないー、」
でも、侑士の腕の中はなんだかすごく安心できて、さっきより眠くなってしまった。
「ふっ、お姫様抱っこくらいいつでもしたるから、今は寝とき。ほら、着いたで。」
着いたで、の言葉の後で、ゆっくりと優しくベッドにおろされた。ふんわりと体が沈む気持ちのいいベッドは、今朝は朝食の匂いのせいか気づかなかったけど、侑士のいい匂いがした。
すん、と鼻をならしてその匂いをかいで笑っていると、頭ちょっとあげてなー、と侑士に頭を優しく持ち上げられて、その下に侑士の腕を入れられた。腕枕だー、と喜んで、もぞもぞと動いてさらに侑士にくっつくと、侑士は私の首の下に入れた腕を曲げて、私を抱きしめるようにしながら頭を撫でた。
「おやすみ、伊織。」
「ふふっ、おやすみー、ゆーし。」
侑士の匂いに包まれて、幸せな気持ちで私は意識を手放した。
*
何か動く気配がして、目が覚めた。あれ、体が動かない、…そっか、侑士に腕枕でぎゅーってされながら寝たんだっけ。
「ゆーし?」
寝ぼけ眼で侑士の名前を呼ぶと、侑士は、ぎゅーってする力を少し緩めて頭を撫でた。
「起こしてもた?」
大丈夫だよ、という意味を込めて、侑士の鎖骨あたりをおでこでこんこんと叩いた。
「今何時だろうねー。」
「そろそろ3時やで。」
思ったより寝てないね、と私が笑うと、お昼寝やからな、と侑士も笑った。二人でくっついて、とりとめのないことを話して笑いあう、ただそれだけのことが、なんだか嬉しくて、特別な気がした。
「今日は夕飯何が食べたい?」
「えっ、リクエスト可なのっ?」
まあ、俺が作れるもんに限るけど、と笑う侑士を見て、きっと侑士なら、材料さえ揃えばなんでも作れるんだろうなー、と思った。
「うーん、」
なんでもいいとなると迷っちゃうな。
「思い付かへん?」
「うーん、侑士が作ってくれるなら、きっとなんでも美味しいと思うから、なんだか迷っちゃって、」
私が真剣に考えていると、侑士は、かわええなーって言いながら、また私をぎゅーっとした。
「じゃあ、リクエスト!体があったまるのがいいな。」
「あったまるもん?」
「ふっふふー、たっのしみ!」
食べたら大抵のもんがあったまると思うんやけどなー、と呟く侑士の言葉を聞こえないふりして笑うと、侑士は、ある意味難しいリクエストやけど、まあがんばったろー、と笑ってくれた。
*
侑士が作ってくれた夕飯を一緒に食べて、洗い物をしていると、お風呂あがりな侑士がキッチンにやってきた。昨日は私が先に入らせてもらったから、今日は侑士先に入ってってすすめたんだ。
「洗い物しててくれたん?置いとってもよかってんで?せやけどありがとさん。」
「ちょうど今終わったとこなんだよー。」
「ほんまやね、ほなお風呂行ってき。」
「はーい。」
お風呂につかって、ふう、と息をついた。侑士との生活に、なんだか慣れてきたけど、明後日はお母さんたち帰ってくるし、学校もあるから、明日には家に帰らなきゃなのかな。
家に帰ったらもう侑士の猫じゃないから、甘えたりできないのかな。…なんか、ちょっと寂しいかも。
暗くなりかけた気持ちを振り払いように、頭を数回ふるふると振った。
明日まではまだ侑士の猫なんだから、遠慮せずに目一杯甘えちゃお。
考えがまとまったところでお風呂をあがると、昨日と同じように侑士がドライヤーを持ってソファーに座っていた。
「おいで、伊織。」
わーい、と喜んで侑士の元によると、侑士も優しく笑ってくれた。
侑士に髪を乾かしてもらうのは、やっぱりとっても心地好かった。だけどお昼寝をしたからか、昨日と違って侑士に髪を乾かしてもらってる間に寝てしまうなんてことはなかった。
「今日は寝ーへんのやね。」
髪を乾かし終わった侑士がからかうように笑うものだから、目の前にあった侑士の腕をカプッと噛んでおいた。
侑士は、くすぐったいわ、って言いながらも腕を振り払ったりはしなくて、やっぱり侑士は甘いなーって思った。
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