13
白石君にやつあたりのように泣いて喚いたあげくに眠ってしまったあの日、目覚めたら白石君が私の手を握ったままベッドのそばに座って寝ていて驚いた。いきなり倒れるように眠ったから、心配してついていてくれたのかもしれない。
それからしばらくして起きた白石君は、あくびをしながら、寝顔見られてもたな、あ、でもお互い様か、と言って少し恥ずかしそうに笑った。
あったかい人だな、白石君って。
この間までは信じていいのかわからず少しこわいと感じていたのに、我ながら少し単純。
でも、信じられるものができた私の心は、ここへ来てすぐよりも、ずっと落ち着いたものになった。
夜もよく眠れるようになったし、前はどうやって外に出ようばかり考えていたけど、今は、まあ大丈夫、大丈夫とのんびり構えられるようになった。
考えてみたら、森から出られないのは不思議だけど、何か怖いことがあるわけでもないし、痛いことがあるわけでもないし、そんなに神経質になる必要ないよね。
落ち着いた森でスローライフ。うん、響きとしては、悪くない。
白石君、そろそろ来ないかな、とそわそわしながら待っていると、ノックの音が響いた。
「ご飯食べよやー。」
「うん、ありがとう。」
今まであんな態度だったのにいきなり親しげに接するのはなんだかはばかられて、白石君への態度は今までとあんまり変わってはいない。
本当は、もっといろいろ話したいんだけど、何を話したらいいのかわからない。
白石君、つまらなくないかな、と今日のおにぎりの具を説明する白石君を見ていると、笑顔の白石君と目があった。
「アスパラベーコン作ってきてん。これも食べや、神崎。」
「おいしそう。ありがとう、白石君。」
いつも気になってたけど、「作ってきた」って言ってるから、白石君が作ってるんだよね。すごいな。
綺麗に巻かれたアスパラベーコンに感動していると、白石君はなんだかとても嬉しそうな顔をしていた。
どうしたんだろう、と不思議に思っていると、それが顔に出ていたのか、白石君がふっと笑って話し出した。
「神崎がな、俺んことちゃんと『白石君』って名前で呼んでくれるようになったんが、なんか嬉しくて。」
そういえば、今までは名前呼んでなかったかも。
「名前覚えられてへんやろなーって思ってたもん。」
「えっと、あの、」
謝ろうとするのを、笑顔で制された。
「いきなり知らん奴信用せえっちゅうのも無理な話やし、信用してへん人の名前は呼べへんやろ。しゃーない、しゃーない。」
何と言えばいいのかわからなけて、軽く俯いていると、白石君が、くしゃっと私の頭を軽く撫でた。
「今、神崎が名前呼んでくれてんのが、嬉しいねん。それでええんとちゃうかな?」
顔をあげると、白石君は、それじゃアカン?と優しく笑った。
「…アカンくない。」
アカンくない、っていう言い方がツボにはまったのか、白石君は、さよか、アカンくないか、よかったわ、と楽しそうに笑った。
こんなふうに些細なことで喜んで、楽しそうに笑う白石君を見て、私もなんだかあたたかい気持ちになった。
なんで私が森にいるのかも、なんで白石君しか来られないのかもわからないけど、ここに来てくれた人が、白石君でよかった。
おにぎり片手に笑っている白石君を見て、改めてそう思った。
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