10
昼休みになって、おにぎり持って小屋に行く用意をしていると、謙也が前の席からくるっと振り向いた。
「お、今から小屋行くん?」
「せやで。ほら、これおにぎり。」
今日はおかかと鮭と肉味噌と昆布やで、あとおかずに卵焼き、と手に持ったおにぎりの包みを掲げて示すと、謙也は、おいしそうやなーと笑った。
最近、小屋の扉をノックをしてから、神崎が扉を開けるまでの時間が、短くなってきた気がする。
初めの頃は、ノックをしてから深呼吸できるくらいたっぷり時間置いて、ゆっくりと扉が開いとったんに、最近やとノックしてからそんなに待たんと扉が開く。
少しずつ、ほんまに少しずつやけど、気を許してくれてきとるって思ってもええんやろか。
もしそうやったらちょっと嬉しいな、と思いながら席を立った。
「ほな、行ってくるわー。」
「おん、行ってきー。」
通い慣れた道を通って森に入った。果物の木を抜け、小屋の扉をノックすると、やっぱりそんなに時間を空けずに中から扉が開いた。
「神崎、元気しとったか?ご飯食べよなー。」
首を横に軽く振る神崎に、果物ばっかやと栄養偏んでー、と言ってから小屋に入った。
おにぎりを持ってくると神崎はいつも、作ってこなくていいんだけどな、と言いたげな表情で見てくる。
でも、直接は言って来ーへん。きっと気が優しいから人の好意を無下に断れへんねやろな。
「今日は卵焼きもあんねんでー。おにぎりはおかかと鮭と肉味噌と昆布な。好きなん食べてや。」
神崎はいつも、俺がおにぎりを取るのを待ってから、おにぎりに手を伸ばす。具は梅だったり、鮭だったり、おかかだったりといろいろやけど、一つだけ法則がある。
あ、やっぱ、今日も一番端のや。
俺の視線が気になったのか目を泳がす神崎に、なんでもないでー、という意味を込めて、たんと食べてやー、と言って笑った。
神崎は、いつも決まって一番端のおにぎりを取る。
初めは好きな具が偶然一番端にきとったんかなって思っとったけど、そういうわけではないみたいや。
前、偶然わさび茄子のおにぎりが一番端にあった時は、ちょっと涙目になりながら食べとったから、好きでも苦手でも一番端のを食べとるみたいや。
もしかすると神崎からしたら、こんなよく知らん俺と一緒に食べる昼食は苦痛なんかもしらん。せやから何も考えんと早く終わらせたくて、適当に一番端のおにぎりを食べとるんかもしれへん。
俺がおにぎりを食べながら考えていると、神崎がおにぎりから口を離して、微かに口を開いた。
「おいしい。」
「おん、おいしいな。」
食事中もあんま話さへんし、笑わへんし、好きなおにぎりも選ばへんし。
…せやけど、おいしいって言う時は、いつもより少し雰囲気が柔らかくなる。
おにぎり持って来ーへんほうがええんちゃうか、なんて、もう何度も考えたけど、それでもこの、おいしい、って言う神崎を見ると、また明日もおいしいって言ってもらえるようなもん作ってこよって思ってまうねんなー。
少し真剣な面持ちで黙々とおにぎりを食べる神崎を見て、もう少し、気ぃ抜いてくれたらええねんけど、なかなか難しいな、と思ってちょっと笑った。
prev next