自主練習の帰り道、練習をしているのに全く進歩が感じられない自分自身に落ち込みながら部屋まで続く廊下を歩いていた時だった。



「いっ…?!」

急に足が痛み出して思わず座り込んでしまう。痛む右足を見るが、怪我をしているようには見えない。何だったんだろうと首を傾げて再び立ち上がろうとしたのだが、どうしても足に力が入らない、それどころか更に鈍い痛みが広がって再び私のお尻は廊下に密着した。


「おい、どうした?」
「あ…鉄角くん、その…足が痛くて」
「!ちょっと見せてみろ」


偶然現れたのは鉄角くんだった。いつも結われているその髪は解かれていて、首に巻かれたタオルからお風呂あがりだということがわかる。
体勢を変えて鉄角くんのほうに足を出すと、彼は顔を近づけてきて、それから小さな声で「嫌だったら言ってくれ」と言った後、私の足を遠慮がちに触った。
鉄角くんの大きくてゴツゴツした手が私の足を掴むと、なんだか少しだけ恥ずかしくなって顔が熱くなる。それは鉄角くんも同じようで彼も顔を赤くしている、みたいだ。そういえばさっきまで練習していたから、お風呂入ってないし汗臭いかも…。ああ、恥ずかしい。

鉄角くんは何度か足を押さえながら私に向かって「痛むか?」と聞いてくる。私はそれに答えながら、熱くなった顔を冷ますために深呼吸をした。



「筋肉痛だな」
「きんにくつう…」
「お前普段からあまり運動はしないんだろ?それでこんだけ練習したらこうもなるな」
「…うん」
「頑張るのは良いが無理をして身体を壊したら元も子もないぞ」
「…はい」


私の声が段々小さくなっていくのに気付いた鉄角くんは、困ったように笑って、それからくしゃりと私の頭を撫でてくれた。それから彼は少しだけ何かを考えるそぶりを見せた後、座り込んでいる私の目線の高さに合わせてしゃがみ込んだ。


「その状態じゃ一人で歩けもしないだろうから、俺が部屋まで連れて行ってやる」
「え、でも…」
「遠慮するな。…お前は嫌かもしれないが、俺は放っておけないんだよ」
「い、いやじゃ、ない!」
「!…そ、そうか…」
「う、うん…じゃあお願いします」
「…ああ」


鉄角くんはそう言うと、私の膝裏に手を回し一気に抱き上げた。その体勢は所謂お姫様抱っこ、というものだったので再び私の顔が熱くなる。
きっとそんな私の顔を見たのだろう、鉄角くんは一気に顔を赤らめ、そして慌てた様子で話し始めた。


「こ、これが一番お前の足に負担がかからないとお、思ったんだ、」
「う…うん」
「……本当に、すまない。こういうことに、慣れてないんだ。女子とか、特に…。学校でもあまり話したこともなくて、だな」
「うん…」
「こういう時、どうすればいいか分かんねぇし…。デリカシーとか、ないと思うから…嫌だったら言ってくれ」
「…そんなことないよ。こっちこそ迷惑かけちゃってごめんね、…ありがとう鉄角くん」
「……あ、ああ」


気を遣わせちゃったかな、なんて思いながら鉄角くんを見た時だった。
彼の顔が少しだけ苦しそうに歪んでいて、驚き彼の名前を呼ぶと、鉄角くんは小さな声で私に謝った。



「…すまない、一回降ろすぞ」
「お、重かった…よね、ごめんね鉄角くん」
「そんなことない!むしろ軽…じゃ、なくてだな…。とりあえずすまない」
「う、うん」


鉄角くんは私を廊下に優しく降ろすと、自分の右手を押さえた。…どうしたんだろう、やっぱり重くて手が痛くなっちゃったのかな…だとしたら、とても悪いことをしてしまった。
私が鉄角くんを恐る恐る見上げると、彼はまた困ったようにそんな顔すんな、と言って笑った。


「お前の、苗字のせいじゃねぇよ。最近動かしてなかったから、古傷が痛んだだけだ。お前が気に病むことはない」
「ふ、古傷って…」
「………よし、そろそろ大丈夫だ。行くぞ苗字」
「え、ちょっと、ダメだよ鉄角くん!」


再び私の膝裏に手を回そうとする鉄角くん。いやいやいや、これ以上鉄角くんに負担をかけるわけにはいかない。私は慌てて鉄角くんの左手を掴んで阻止しようとすると、ぐらっ。

バランスを崩した鉄角くんが声をあげて私の上に倒れこんできた、……た、倒れこんできた!?
気づけば廊下の壁と鉄角くんに挟まれるような体勢になっていた。驚いて閉じた目を開くと、鉄角くんの身体や顔が思った以上に近い場所にあって、息が詰まった。


「あ、ぅ…て、鉄角くん…」
「すっ、すまねぇ!!」

鉄角くんもこの状態に気づき、声が裏返りながらも謝ってくれて、私の上から退こうと腰を浮かした時だった。


「興味深いけど、そういうことは自室でやるべきだね」
「「!!?」」


私と鉄角くんがそのままの体勢で振り返ると、そこにいたのはジャージ姿の皆帆くん。慌てて鉄角くんが皆帆くんを罵りつつ反論をするのだが、皆帆くんは楽しそうに笑うだけでまったく聞いていない様子だった。
私はというと、ずっと鉄角くんと壁の間に閉じ込められているわけだから、恥ずかしくて心臓がバクバクと跳ねて、とにかくいろんな意味で大変だった。

その後なんとか鉄角くんが皆帆くんの誤解を解き、私の筋肉痛と鉄角くんの怪我のことを説明すると、皆帆くんは私のことを見てにこりと笑った。


「では僕が苗字さんを部屋まで連れて行ってあげるよ」
「え…あ、ありがとう」
「すまない皆帆」
「あと鉄角くん、女の子を押し倒すのがいくら楽しくても、人前で長時間は流石にどうかと思うよ?」
「は…?………、!!!す、すまねぇ!」
「う、うん…」


慌てて私の上から退く鉄角くん。彼が離れたことで、私はやっと心臓を落ち着かすことができた。すると、皆帆くんがするりと近づいてきて私の膝裏と腰に手を回し、一気に力を入れたのだが…。

浮かない身体。皆帆くんはすぐに私を離して、それからいい笑顔でこう言った。



「駄目だ、苗字さん重いね!」



皆帆くんの頭に鉄角くんの拳が落ちるまであと三秒。そして偶然通りかかった瞬木君が私を部屋まで運んでくれるまであと一分。



20130609

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