ぽろん、ぽろん…
物悲しげなメロディーがどこからか聞こえてきて、俺は思わず足を止め辺りを見回した。これは、ピアノの音か?
音を頼りに足を進めると、広い講堂のような場所に辿り着く。ゆっくりとドアを開けて中の様子を見ると、部屋の奥に一台のアップライトピアノがあった。そしてその前に座ってピアノを奏でているのは…。



「苗字…?」
「…あ、し、神童さん」


苗字名前。中々癖のある新メンバーの中では比較的まともな奴だ。だが他の奴らと同様サッカーは素人。運動もあまり得意ではない様子だ。
だが苗字は毎日練習に来ていて、そして自主練習まで行っている。…そこは、俺も認めてはいるが…。こいつも他の奴らと同じように何らかの契約でここに来たのだろう、…そう思うと色々と複雑だった。……それより。



「こんなところに、ピアノがあったんだな」
「アップライトですけど、なかなかいい音が鳴ります」
「ああ、そうだな」
「……」
「…今日は、自主練習はしないんだな」
「あ…はい。すみません…」
「いや、責めているわけじゃない。……、…ピアノ、弾くんだな」


俺がそう聞くと苗字は少しだけ困ったような顔で笑いながら頷いた。それから細い細い声で、少しだけですけどね、と付け加えた。
それからしばらく会話は途切れ、苗字は少しだけ居心地悪そうに何度か椅子に座りなおしている。…。……、なにを、話したらいいんだ。
視線を動かしながら、これからどうするか考えていた時、苗字が遠慮がちに口を開いた。



「神童さんも、ピアノ…お好きなんですか?」
「あ、ああ…俺も少し、弾くから」
「そう、なんですか。あ…私神童さんのピアノ聞いてみたいな」
「え…」
「あっ…ご迷惑、ですよね。ごめんなさい」
「いや!」
「!」
「…い、いや…そんな、ことはない」
「あ、そ、そう…ですか」



なんなんだこのたどたどしい会話は。俺たちは一応一週間以上寝食を共にしているんだぞ…。と思ったが、思い返してみれば彼女と会話をした記憶があまりない。それに苗字もかなり俺に気を遣いながら喋っている、気がする。自分が彼女も含め新メンバーに好意的ではないせいだろう。仕方ないといえば仕方ないが、それでも少し複雑だった。

気を取り直して先ほどまで苗字が座っていた椅子に腰をおろし、そしてピアノを弾く。久々にピアノに触れた気がする。やはり俺は音楽が好きだ。気づけば夢中で鍵盤を叩いていた。曲が終わった後、パチパチと拍手が響いた。



「少しじゃないじゃないですか…」
「いや…」
「…はあ、すごいなぁ神童さん。神童さんの音の世界はとても独特な色ですね」
「そう、か?」
「はい。色々な思いの色が混ざり合った、誰にもまねできない素敵な音」
「…ありがとう」
「……はぁ」



苗字は大きくため息をついて、そして片手をピアノに添えた。そしてピアノをゆっくりと撫でながら、もう一度ため息をついた。
そんな苗字はなんだか泣きそうな顔をしていて、俺は何か声を掛けようと思ったがうまく言葉に出来なかった。



「………私の音は、何色でもないんです」
「え…?」
「……、私そろそろ寝ますね!今日は神童さんの素敵な演奏が聴けてとても幸せでした」
「あ、ああ…ありがとう」
「神童さん、怖い人なのかなって思ってたけど、演奏を聴いたら…そんなの消えちゃいました。へへっ、変なこと言ってごめんなさい、それから明日からもよろしくお願いします!じゃあおやすみなさい!」


そう一気に捲し立てると、苗字は俺に手を振って部屋を出ていってしまった。
俺は視線をピアノに移す。俺が弾く前に鳴っていたピアノ、響いていた音………。悲しげな旋律と儚い音づかい。




「……苗字の演奏も、素敵だと思うけどな」



俺はピアノを片づけた後、そう独り言を呟く。
頭の中でぽろん、ぽろん…と彼女の弾いていたもの悲しいメロディーが鳴り続けていた。





20130607



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