「強くなりたいな」



ブラックルームの端に腰掛け、葵ちゃんに貰ったドリンクを口にした。清涼感を得るために一口飲む用の冷たいドリンク、そして常温のドリンク…二種類を用意してくれる葵ちゃんはマネージャーの鑑だと思う。喉を潤した後、私は立ち上がり部屋を見渡す。みんな、練習に打ち込んでいる。その中で一際目立つのは、やっぱり井吹くんだ。
流れ落ちる汗を拭うこともせず、彼の守るゴールに向かってくるホログラムに立ち向っている。…私も頑張らないと。


練習を再開した私が再び休憩をとろうとシステムを切ったとき、ブラックルームには井吹くんの姿しかなかった。ちょうど彼も特訓を終えようとしていたみたいで、ばっちりと目があった。私がお疲れと声をかけると、井吹くんは小さく返事をしてくれた。


「井吹くんはとても練習熱心だね」
「お前も、そうだろう」
「あはは…自己満足レベルなんだけどね。でも、今自分に出来ることを精一杯やろうと思ってるから」
「苗字、お前…変わったな」
「そうだと、嬉しいなぁ」

ブラックルームを片づけて二人で食堂まで向かう。葵ちゃんが置いていってくれたドリンクのボトルを洗うためだ。
すっかり遅くなってしまった。足早に食堂へ向かっていると、ふと井吹くんが口を開いた。



「どうしてお前はそんなに頑張ることができるんだ」
「そうだなぁ、認めてもらいたい人がいるから…、かな?」
「お前にも、いるのか」
「…でもまずは自分が自分のことをちゃんと理解してあげて、それから認めてあげないといけないんだけどね」
「……ドンくさいくせに、色々と考えてるんだな」
「あはは、井吹くん言うねぇ」



その時、井吹くんの目に迷いがあったのを私はなんとなくだけど悟って。でも、その役目は私じゃないから…。
彼に何を言うこともなく、おやすみの挨拶をして別れた。












ウズベキスタン戦、新技ライジングスラッシュをあみ出した井吹くんの瞳に、昨日感じた迷いはなかった。
井吹くん、変わった。昨日と全然違う。さくらだって、鉄角くんだって新しい力を発揮した。みんながみんな、優勝に向かって希望を持っていた。
好葉ちゃんが相手から奪ったボールを、私が受け取った。同点…こちらも、相手も必死だ。二人がかりで私のほうへ向かってくる。不思議と、恐怖心を抱かなかった。

私も、頑張らなきゃ。今までやってきたことを、思い出して。観客席で見ている憂、そしてここにはいないだろう父と母…私は、認めてもらいたい。そして、



「苗字さん!」



皆帆くん、私の全部をぶつけてみるよ。私は私を信じたい!
そう思った瞬間、重厚なハーモニーがどこからともなく聴こえてきた。心地の良いその音に目を瞑り、そして更に耳をすます。相手の動きが手に取るようにわかる、ゆったりとした動きの相手の間をリズムを刻みながら颯爽と駆け抜け、そして抜いた。


『アフェットワルツ』


穏やかなワルツの曲が鳴り止み、私はすぐに先にいた瞬木にパスを回した。彼は少し驚いたように目を見開いた後、すぐに我に返りゴールへ向かっていった。パルクールアタックで勝ち越し点を決めてくれた。大歓声が、フィールドを包み込んだ。
私はすぐに皆帆くんのいる方を向いた。彼はにっこりと笑い返してくれた。



私は振り返る、視線の先には弟がいた。
ねえ、私は変わったよ。もう逃げない、後ろを向かない。この大会が終わったら、私は貴方たちと向き合うから。

その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。私を見つめていた弟の口が少し開きかけ、私がそれに答えるように一歩前に進み出た瞬間だった、眩しいほどの光がフィールドと観客席を空から謎の物体が現れた。





20131120

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