「名前ーー!」
「あ、キャプテン!何かご用ですか?」
「うん、名前の弟さんが宿舎に来てくれたみたいだよ、名前を呼んできてほしいって」
「え…弟、ですか?」
「そうだよ、…あれ、顔色が悪いけど…どうかした?」
「う、うん、なんでもないです。じゃあちょっと行ってきますね」
「名前?」



苗字さんって弟さんがいたんですね、確かに彼女の性格からして下の兄妹がいそうではありますよね。そう、隣にいた皆帆くんに投げかけるが返事がない。不思議に思って彼の方をみると、皆帆くんは難しい顔をしてブラックルームを去っていく苗字さんを目で追っていた。


皆帆くんの名前を呼ぶと、彼はこちらに視線をよこさず額に手を当てて考え込んだ。「このタイミングで、か…」なにが、このタイミングで、なのでしょうか。最近皆帆くんとなかなか仲良くなれたと思っていましたが、やはり彼の考えまでは計算できませんね。

すると僕の呼びかけを無視した皆帆くんは、ブラックルームの出口へと向かっていった。…え、え?


「皆帆くん!練習しないんですか?」
「少し気になることがあってね、ちょっと抜けるよ」
「気になることって…まさか苗字さんのことですか?」
「そうだよ」
「なっ…!」

その時、何故だか分からないが僕の中に変な対抗心が生まれた。気づいた時にはもう、皆帆くんのあとに続いてブラックルームを後にしていた。










「姉さん、ピアノをやめたと思ったら…こんなことをやっていたんですね、驚きましたよ。何も言わずに家を出ていくんですから」


穏やかだがどこか冷たい印象を受ける笑い声が聞こえてきた。声が聞こえてきた方を見ると、涼しげな表情の少年が苗字さんと向かい合うように座っていた。少年の向かいに座る苗字さんはどこか居心地が悪そうですね…。



「…うん、ごめん。でも誰も私のことなんて気にしてないし、わざわざ挨拶してもしょうがないって思ったから」
「拗ねてるんですか?」
「……」
「みんな心配していましたよ」
「そんなわけないこと、憂が一番わかってるんじゃないの?」
「はは、…それで?今度はいつ止めるんです?…まあ止めても誰も気にしないし支障はないと思いますけどね」
「……」


なんだか険悪なムード。何なんですか、あの人本当に苗字さんの弟なんですか…?僕は隣にいる皆帆くんをチラリと見た。彼はいつも通りの表情で二人のことを観察していた。……。



「…やめないよ、自分のできることをやるって決めたの。私は逃げないよ」
「…こんな玉蹴りに夢中になってるんですね、……愚かだ。姉さんにはこんな野蛮なスポーツ、似合いませんよ」
「っ、サッカーのことを侮辱しないで」
「僕は苗字家の者として当然のことを言ったまで…なんですがね」
「じゃあ君も試合を見に来ればいいよ」
「キャプテン…!」


そこに現れたのはキャプテンだった。きっと彼もどこか様子のおかしかった苗字さんが気になって後をつけてきたのだろう。もっとも、二人の話を最初から聞いていたかどうかは分からないが。
突然やってきたキャプテンに、苗字さんは安堵の表情を浮かべ、弟さんのほうは目を細めた。


「名前が頑張っているところを見たら、サッカーの楽しさがわかると思うよ」
「…分かりました。では次の試合、拝見させてもらいますね」

そう言うと弟さんは立ち上がり、ニコリと微笑んだ。それから綺麗にお辞儀をすると宿舎を去っていってしまった。
その瞬間、苗字さんが机に突っ伏した。キャプテンが慌てたように苗字さんに声をかけると、彼女は乾いた笑い声を漏らした。



「はあ…」
「名前?」
「頑張らないとなぁ、って」
「…そうだね、さあ練習だ!」
「ははっ、おー!」



……。



「まずいこと、聞いちゃいましたかね」
「そっか、真名部くんは知らなかったっけ」
「え、なにがですか?」
「…あの弟さん、なんだか…。いや、今はそれよりも…」
「??」



何やらぶつぶつ呟く皆帆くんを見ると、彼は嬉しそうに二人を…いや、苗字さんを見ていて。…僕は何とも言えない気分になった。そう、悔しいような…なんというか。今まで感じたことがない、説明のできない感情が僕の心を覆った。





20131003


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -