タイ戦が終わった後、私は皆帆くんに駆け寄り彼の名前を呼んだ。彼は振り返って、いつも通りに接してくれたんだけど、そんな彼に少しだけ言葉が詰まってしまった。
それ以上言葉を続けることができない私を見て、皆帆くんはなにか考えるそぶりを見せた後、何かひらめいたように、ぽんっと手を叩いた。


「もしかして、さっきの僕の話を気にしてるのかい?」
「…皆帆くん、ごめん。私もあの時…真名部くんとご両親の話を聞いたとき、皆帆くんに…嫉妬した。言ってなかったけど、私…両親から勘当に近いことをされてるの。だから、楽しそうにお父さんの話をする皆帆くんが羨ましくて、…」
「知ってたよ」
「…え?」
「僕こそ謝らないといけない。君のこと、勝手に調べたんだ。君のご両親や、弟さんのこともね」
「そっ…か」
「両親は、世界的に有名なピアニスト。弟さんは数々のコンクールで常に一位を取っている、そして君も昔はコンクールに出て、常に一位をとっていく天才少女と呼ばれていた。だけど、とあるコンクールピタリと活動をやめた」
「……」
「その時の課題曲が、この前喫茶店で流れていたショパンのワルツの変イ長調」
「そう、だよ。私はそのコンクールで大失敗して苗字家の名前を汚したの。自分のちっぽけな才能に溺れて、努力をしなかったせいで好きだったピアノも、触る事すら禁止されたの」
「随分厳しいご両親なんだね」
「…私の家の名前は、音楽界では有名だから。…それにあのコンクールは世界的に見ても大きなものだったから、私は両親の恥でしかないんだよ」


私がそう言うと、皆帆くんはどこか寂しそうな顔をした。私は動揺していたので、それ以上何も彼に言うことが出来ずに口を閉じた。少しの沈黙のあと、皆帆くんが静かに口を開いた。



「確かに、まだ両親がいる苗字さんのことは正直羨ましいよ。でも、君は『家』に追い詰められてひどく悩んでいる。そんな君のことを怒ることなんてできないし、君が謝ることなんて何もないよ」
「皆帆くん…」
「ねえ、もしかして君の契約って…自由にピアノが弾ける環境がほしい、とかかな?」
「…そうだね」
「……、叶うといいね」
「…うん」












汚れたユニフォームから部屋着に着替え、そしてその上からジャージを羽織る。まだ着替えていたさくらちゃんと好葉ちゃんにちょっとお水買ってくると伝え、女子更衣室を後にした。
自動販売機の近くまで来ると、その脇のベンチに瞬木くんが座っていたので、水を買った後彼に近づき話しかけた。


「……ああ、苗字さん」
「お疲れさま。瞬木くんも何か飲んでたの?」
「ああ、いや。ちょっと休んでただけ」
「隣いい?」
「ああ、どうぞ」


瞬木くんが少しだけ寄ってくれたので、そこに座った。瞬木くんは先ほどから俯いたままで何も喋らない。疲れてるのか…な?私は瞬木くんの様子を窺いながら、今日の試合について話すことにした。


「今日の試合すごかったね、九坂くんの告白にはビックリしちゃったなぁ…まさか試合中にあんな…思い出しただけで恥ずかしくなっちゃう」
「はは、あれは俺も驚いたよ」
「そのあとの好葉ちゃんも、皆帆くんと真名部くんの指示もや必殺技もほんとにすごかったね〜」
「…そういえば最近、皆帆くんと仲良いね」
「そう、なのかな。よく相談には乗ってもらってるんだけどね」
「へえ…なんか、信頼してるって感じ」
「そうだね。皆帆くんは信頼できる人だよ。一方的に頼りにしすぎちゃってるから、申し訳ないんだけどね」
「…そうなんだ。君さ、何しにここに来てるの?」
「え?」


いきなり、瞬木くんの雰囲気が変わった。一瞬、何を言われたのか分からなくて彼に聞き返すと、瞬木くんは私の方を見ずにフッと鼻で笑った後、言葉を続けた。


「恋とか?そういうの?…君、努力とかしてるみたいだけどさ、それって全部自己満足だよね」
「瞬木…くん?」
「そろそろ現実見たほうがいいんじゃない?それに信頼とか言ってるけどさ、一方的で身勝手な思考だよな」
「ど、どうしたの…?」
「…どうもしないよ。じゃあね」


そう言うと瞬木くんはこちらを一切振り返らずに去っていった。
私はというと、中々帰ってこない私を心配したさくらちゃんが此処にやってくるまで何も考えることが出来ずに、いた。





20130907



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