「ねえ、隼人兄ちゃんいる?」
「え…?」
「だーかーらー、隼人兄ちゃんいる?瞬木隼人!隼人兄ちゃん!」
「あ、瞬木くんね。うん、ちょっと待ってて、呼んでくるよ!」


練習も終わって夕食まであと少し、そんな時間。いつものように図書館へ行った帰り、小さな男の子2人組に話しかけられた。どうやら瞬木くんの弟のようだ。…確かに、目元とかそっくりかも。

瞬木くん、どこにいるだろ。部屋かな?とりあえず行ってみよう。待たせちゃったら悪いし、そろそろ夕食の時間だしね。

それにしても、…おとうと、か……。












「苗字さん、さっきはありがとう」
「あ、瞬木くん」
「隣いいか?」
「うん、どうぞどうぞ」


瞬と雄太と話しこんで夕食の集合時間に遅れてしまった俺は、蒲田さんからトレーを受け取って、苗字のもとへ向かった。お礼を言うついでに、空いていた苗字の隣に腰をおろす。夕飯の美味そうな匂いが広がって、一気に空腹感に襲われた。
四人用のテーブルには苗字の他に、森村と鉄角が座っていて、俺の真ん前に座っていた森村が、少しだけそわそわしたように俺を見てきた。


「あいつら、なにか失礼な事しなかったか?」
「そんなことないよ、とってもいい弟さんたちだね」
「…ありがとう。苗字には兄弟はいるのか?」
「……うん、いるよ」
「…?」


一瞬、苗字が無表情になったのを俺は見逃さなかった。彼女はすぐに表情を戻したから、多分森村や鉄角は気づかなかったと思う。……。


「お、苗字兄弟いるのか。妹とかか?」
「ううん、…弟だよ」
「じゃあ瞬木と同じだな」
「…そ、うだね」
「………これ、美味いな。苗字さん、これ食べた?」
「あ、…うん。美味しかった。どうやって味付けしてるんだろ、気になるな」
「…甘辛で美味しいね」
「…うん」
「…………」
「…………」













風呂からあがったあと、コンコンと控えめなノック音が響いた。誰が来たのか、なんとなく想像がつき、俺は扉に近づいてそのまま開いた。そこにいたのはやっぱり、苗字だった。彼女は申し訳なさそうに笑って、それから俺の名前を呼ぶ。


「あのね、瞬木くん。今日の、お礼言いたいって思って、…その…、あの時話題を逸らしてくれて、ありがとう」
「…お礼を言われるような事はしてないさ。ただ、俺にはその…苗字さんが、苦しそうに見えたから」
「瞬木くんはすごいな、私…隠してるつもりだったのに、わかっちゃうなんて、すごいな。…あのね、瞬木くん。ちょっと話を聞いてもらってもいいかな」
「…いいよ」


苗字は何かに縋るような、不安そうな表情をしていた。こいつが他の奴にこんな弱いところを見せるとは思っていなかったので、俺は少しだけ驚いたのと同時に、彼女に対する評価を改めた。そして湧いたのは興味。お人好しでへらへらして周りを気遣うのがデフォルトなこいつの中にある、わだかまり。それが何なのか、ただ純粋に気になった。

ただ、さすがに夜に女の子を部屋に招き入れるのはどうかと思ったので、俺たちは食堂へ向かう。向かい合うように腰掛けると、苗字はぽつりぽつりと話し始めた。



「夕食の時に言ったと思うけど、私には弟がいるの。弟はとても、…良い子なの。周りに気をつかえて、優しくて…努力家で才能もある」
「……」
「わたし、は…そんな弟とは正反対。なんにもないの。……当然、弟と比べられたよ。色々あって、親からも見放されて、…形だけでも弟のマネをしてみようって、色々やったんだけど…やっぱり人間って中身はそんなに簡単に変われないものだね」
「…苗字、」
「……サッカーはじめたら、変われるって思ったけど。努力すれば、私も……、私を見てくれる人が…お父さんもお母さんも、また私のことを見てくれるかなって、思ったけど。…やっぱり偽りの私だから、駄目みたい」



ふるふると震える苗字の身体。…過去にどんなことがあったのか分からない、彼女が今どんな気持ちなのか分からない。ただわかることは、今苗字がとても苦しそうに笑っていることだけだ。…俺はをただただ、彼女の話を聞くことしかできなかった。



「ごめんね、瞬木くん…わけ、わかんない話聞かせちゃって…」
「…いや、俺の方こそ聞くだけしかできなくてごめん」
「……ううん、むしろ聞いてくれてありがとう、だよ。…ずっと誰かに聞いてもらいたかったから。…ごめんね」
「それで苗字の気持ちが少しでもスッキリするんなら、いいんじゃないか」
「……ありがとう」


静かに涙を流した苗字の頭を撫でる。……こうしていると、なんだか弟たちを思い出す。俺は長男だから、誰かに頼られるのが好きなのかもしれない。…俺自身も、ホント…単純だよな。苗字に対しての評価が先ほどまでとは全く違うものになっていた。

心の中でため息を吐いて、それから弱弱しい苗字を見る。…彼女のことを知りたいと思うのと同時に、じわりじわりと優越感が胸の奥から湧いてきた。この気持ちは、なんだろう。





20130618


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