「…ただの検査入院だから大丈夫だよ立向居」
「それでも俺は潤先輩の傍にいたいんです!」
「はあ、仕方ないなぁ」


エイリア学園の生徒たちが去った後、気を失った潤は病院に運び込まれた。すぐに身体に異常はないか検査してもらい、問題なしとの診断を受けたのだが、様子見で一日だけ入院することになったのだ。
潤が目を覚ます前も後も、立向居は彼女の傍を離れようとしなかった。目を離すとすぐに消えてなくなってしまいそうなほど、立向居の目には今の彼女が細く儚く映っているのだ。そんな後輩の姿を見て潤は静かに笑った。ああ…やっと、戻ってこれた。


南雲潤と本田潤…二人分の記憶が合わさった潤は、すべてを取り戻した。
思い出したくもないような悲しい記憶や、幸せな記憶…たくさんたくさん…、それはすべて潤の宝物。



「先輩、戸田先輩たちに連絡しましたか?」
「ああ…目が覚めた後、連絡を入れたよ。なんで相談しなかったんだーってこっぴどく叱られちゃったよ」
「戸田先輩は潤先輩のお父さんみたいですね」
「ふふ、そうだね。今回は、本当に心配かけちゃったよ。戸田にも、陽花戸や雷門のみんなにも…立向居にもたくさん迷惑をかけたね」
「迷惑だなんて思ってません。むしろ俺が…俺が、謝らないと…」
「謝る?」
「…俺、先輩を守りたかったのに、どうすることも出来なくて、結果先輩は…」
「それは違うよ、立向居」


潤は笑った。優しく笑った。

それから立向居の柔らかい髪を優しく撫でる。



「ちゃんと、立向居の声…届いたから。立向居のおかげで、戻ってこれたんだよ。…ありがとう」
「っ、潤先輩……、俺…先輩が戻ってきてくれて、本当に嬉しいです。…お、俺、先輩の…潤先輩が…」
「本田さん、失礼するわ」
「…吉良監督」
「ううっ…」
「どうしたの立向居」
「な、なんでもありません…」
「ごめんなさい立向居くん、本田さんと二人きりで話がしたいの。外してもらえるかしら」
「えっ…あ、はい…」
「ごめん立向居、また後で」
「…はい、また後で」





立向居が去ったあと、潤は瞳子に向き直った。瞳子は潤をしばらく見つめ、そして悲しそうに目を細める。潤は思い出していた、瞳子の正体を。彼女は、父さんの実の娘だ。


「思い出したのね、全部」
「ええ、瞳子姉さん。昔よく遊んでくれましたよね。全部知っていたうえで、私に近づいたんですか?」
「…あなたを見つけた時は驚いたわ。惨たらしいあの計画は父さんのことを詳しく調べているうちに知ったの。…あなたをあれ以上傷つけたくはなかった、でも私はどうしても父さんを止めたかった。そのためにはあなたの…潤の力が必要だった。…本当に、ごめんなさい」
「……謝らなくて良いです、結果的に私は大切なことを思い出せました」
「………潤、これから父さんやお日さま園のみんなのいる場所に行く。そこで、雷門のみんなにすべてを話すわ」
「うん、私もその時に…私自身のこと、全部話すよ」
「ええ…」




瞳子が去っていったあと、潤は携帯を取り出す。それから、もう一人の大切な兄に電話をかけた。
意識が戻ってから、すぐに電話をかけようとしたのだが、少し躊躇ってっしまった。怖かったのだ、兄は自分を…潤の正体を…どこまで知っているのか、と。だが、先ほどの瞳子との会話で真実を話す決心がついた。


「もしもし、兄さん」
「っ、潤……。元気、ですか?」
「うん、元気だよ。長い間連絡できなくてごめんね」
「いえ…、……僕は、信じていましたから」
「……兄さんは、全部知ってるんだね」
「…ええ、全てを知ったうえで君を…引き取ったんです。黙っていて、すみません」
「謝らないで。…兄さん、私を守ってくれてありがとう」
「…成長しましたね。かわいい子には旅をさせろ、というのは本当のようです」
「ふふっ、…もう少しで…帰って来れると思うから、また話…聞いてね」
「ええ、それでは。気を付けてくださいね、ちゃんと、色々…、……ちゃんと待ってますから、無事に帰ってきてくださいね」
「…うん、じゃあまた、ね?」
「ええ、じゃあ、また」




潤は携帯をしまうと、病院の枕に顔を押し付ける。様子を見に来た立向居がくるまで、ずっとそのまま、柔らかい布の感触を求め続けた。

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