あの日はとてつもなく嫌な予感がしていた。
施設の大人に連れられて、夜中に部屋を出ていった潤。心配しないで、と笑顔で俺に手を振るあいつの肩は今思えば少しだけ震えていたようにも思える。




あいつはいつもそうだった。




小学校の低学年頃、俺は園のガキ大将だった。俺は気に入らない奴は全員いじめて、泣かして、…その度に潤が俺のことを叱るんだ。そして相手の奴の頭を撫でて優しい言葉をかける。…思えば昔、俺は風介の野郎も苛めてて、その度にアイツは大泣きして潤に泣きついていたっけな。……まあ俺はそんな光景を見るのがとてつもなく嫌で、潤に詰め寄ったりもした。だがあいつは…潤はそんな俺の頭を優しく撫でて、笑顔で…優しく俺の名前を呼ぶんだ。そう、お兄ちゃんとではなく、名前で呼ぶんだ。



「晴矢、晴矢はわかっているはずだよ」


そう、俺は分かっていた。自分がどんなにガキなのか、わかっていたのだ。苛めることも自分が悪いと理解していたし、潤に詰め寄ることが間違いだと…自分の我儘でしかないことなんて、そんなことはとっくに気づいていたんだ。
何も言えなくなる俺の頭を撫でながら、潤は俺のことを抱きしめた。


あいつはとても優しいんだ、自分より他人を優先に考えるやつだ。どんな時も笑顔を絶やさず、みんなに平等だった。いろんな奴から慕われていて、どうしようもなかった俺にも手を差し伸べてくれた。
だからこそあいつがいなくなったときに俺は大きく取り乱した。潤が俺を見捨てるなんて、絶対にありえないと信じていたからだ。だからこそショックも大きかったし、受け入れることなんて当然できなかった。






「立向居…勇気?………」



だからこそ、潤が戻ってきたときはうれしかったし、もう二度と離れたくないと思った。だから、だから…
俺はゴール前にいる立向居を睨みつけた。アイツはいったい何なんだ、何故こんなにも…アイツの存在は潤の記憶を刺激しているんだ?

潤の思いが離れつつあることなんて、わかるんだよ俺には。だから…、っ、アイツはホントになんなんだよォ!




「オイカーネル、試合に集中しろ!」
「!…ああ、ごめんバーン。……」
「本田!」
「!」


俺と潤が驚いて振り向くと、そこにはあの円堂守が笑いながら立っていた。途端に潤が戸惑いの表情を見せる。俺はそんな潤と円堂守を見て唇を噛んだ。



「君は…、円堂守…だね。何か私に用かな」
「本田、お前とサッカーで対決できるなんて俺すっげぇワクワクしてるんだ!」
「…そうか、私も君のプレイを見た時から楽しみにしていた、よ…っ」
「どうした!?」


頭を押さえてふらついた潤を円堂守が咄嗟に支える。そこで、俺の怒りが頂点に達した。



「潤に触るんじゃねぇよ!」


円堂から無理やり潤を奪うと、潤が驚いたように俺のことを見てくる。クソ、クソッ…俺は…どうしたらいいんだよ!
潤の記憶が戻りつつある、先ほど円堂の「本田」という呼び方に一切の疑問も抱かずに返事をしていることで、よく分かった。
…やはり、グランの指示に従って記憶の修正をしたほうが…。いや、駄目だ。駄目だ。…クソ、なんなんだよ、…なんで、こんなことになったんだよ!




「バーン…?どうかしたの、どこか…痛むのか?」
「っ、うるせぇ!テメェ敵とウダウダ話してんじゃねぇよ!ジェネシスの座が手に入らなくてもいいのか!」
「!…すまない、バーン。そうだね、私の考えが足らなかったよ」
「…クソッ」
「……」



それから幾度かボールを奪われ奪いを繰り返した後、隙をつかれて雷門に得点を許してしまった。それにより苛立ちも増し、グラウンドを蹴りあげる。
チラリと横目で見ると、潤にボールが渡ったみたいだ。潤は前方から向かってきた選手をスルリとかわし、ゴール前に向かっていく。そしてそのままアトミックフレアを放った。




「俺は、受け止めてみせるっ!」
「っ、立向居…勇気っ、ぅうっ…」
「ムゲン・ザ・ハンド!!」



現われた複数の手が、潤のシュートをガッチリと受け止めた。…そう、止められたのだ。止められてしまったのだ。
そこで前半終了のホイッスルがグラウンドに鳴り響く。

ガクリと膝をついた潤に、立向居がゆっくりと近づく。



「潤先輩、先輩の想い…聞こえましたよ」
「う…あ、…立向居…」
「大丈夫ですよ、ゆっくりでいいんです、俺がずっと先輩の傍で見ていますから」







俺は、



俺はどうすればいいんだよ



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