「やあ、君たちとこうして対戦できるのが楽しみで仕方なかったよ。今日はよろしく頼む」
「……」


待ちに待ったカオスとの試合の日。いつものように光の中から現れたエイリアのメンバーの中に、当然のように潤先輩はいた。
俺はゴールの前に立って、そしてキッとまっすぐ前を見た。
今までは潤先輩の隣か、先輩の後姿を見ているだけだったから少しだけ違和感を感じる。…だけど、相手チームのFWである先輩との距離が最も縮まるのは此処だ。

真っ黒な闇に包まれた先輩の瞳、…潤先輩…俺はもう逃げません、目を背けません。正々堂々と、先輩に俺の思いを伝えて、先輩を受け止めてみせます。




雷門のキックオフで試合が始まったが、すぐにボールをカオスに取られてしまう。
以前よりも数段に上がった敵のスピードに追い付けず、ついにはガゼルにボールが渡り、そして一気にゴール前に詰められた。強張る身体、キッと睨みつけるとガゼルは涼しい顔で俺のことを見た。


「立向居勇気、君は私にとって邪魔者でしかない。この試合で君のことを潰してあげるよ」
「教えてください、潤先輩と貴方たちはどういう関係なんですか!」
「カーネルは…いや、潤と私たちは、君や雷門の連中なんかには到底解らない、深く強い絆で繋がっている…それだけだ!」

ガゼルはそう叫ぶのと同時に、ノーザンインパクトを放つ。…まだムゲン・ザ・ハンドは完成していない、ここはマジン・ザ・ハンドだ!
俺は全身に力を溜めて、それから右手を突き出した。…だがそれも虚しくボールの勢いに圧されて倒されてしまい、得点を入れられてしまった。


「これぞ我らの真の力」
「エイリア学園最強のチーム、カオスの実力だ」
「……」
「どうしたんだい、カーネル」
「今回の試合のキーパーは円堂じゃないんだね」
「そのようだね。…あのキーパーのこと、どう思う?」
「…そうだね、残念とでも言っておこうか」
「ふっ、聞いたかい立向居勇気。残念だったね」


潤、先輩…。
俺は倒れた体を円堂さんと綱海さんに起こされながら、ぐっと唇を噛んだ。…駄目だ、ここで負けてしまったら駄目だ。
先輩を守ると決めたんだ。俺は先輩と話をしなければいけないんだ!

試合が再開して、雷門ボール。亜風炉さんがヘブンズタイムであがっていくが、相手の選手に破られてしまう。そしてボールはあの、バーンに渡った。
そういえば、彼と潤先輩はどこか似ている。…髪の色、瞳の色…そして同じ必殺技…、バーンは潤先輩の、潤先輩のなんなんだ…?


「おいお前、お前にとって潤はなんだ」
「俺の…大切な人だっ、だからお前たちには渡さない!」
「それは俺のセリフだっ、アトミックフレア!」

潤先輩と同じ技。何度か受けたことがあるが、潤先輩のそれとバーンのそれとでは全く別物に見えた。
潤先輩のアトミックフレアは、熱さの中に眩しいほどの光がある。だがバーンのアトミックフレアは熱く、そして激しいギラギラとした怒りにも似たようなものだった。
俺はもう一度マジン・ザ・ハンドを出して応戦するが、俺の身体ごとゴールを入れられてしまった。

それを皮切りに、バーンとガゼルの怒りに満ちたシュート技が何度も何度も俺とゴールを襲った。そしてあっという間に、9点という差がつけられてしまったのだ。
ふらふらと立ち上がり、そして構える。目の前に、ボールをもった潤先輩が立っていた。


「君、大丈夫か?早く交代した方が身のためだぞ」
「…潤せん、ぱい…」
「……どうして君は私の本当の名前を知っているんだ?」
「オイ、カーネル!さっさと点を入れちまえ!」
「あ、ああ…。悪く思わないでくれ、これも私たちの野望のためだ」


そういうと、潤先輩は太陽を背景に飛び上がり、オーバーヘッドシュートを放った。轟々と燃え盛るボール、俺は初めてこの技を見た時のことを思い出していた。








あの日俺は部活が終わってから、一人で学校に残ってゴッドハンドの特訓をしていた。でも中々上手くいかなくて、そもそも必殺技を出したことすらなくて感覚も掴めなくて苛々していた時だった。

「立向居、お疲れ様」
「あ…本田先輩…帰ってなかったんですね」
「うん、まあね」


陽花戸で唯一の女性部員。抜群のサッカーセンスの持ち主。いつも皆の中心にいる優しくてしたたかな先輩は俺の憧れだった。
俺は練習する手を止めて先輩に近寄る。すると、ジャージ姿の潤先輩はポケットから何かを取り出し、俺に差し出す。


「これは…?」
「クッキー。一応手作りだから味の保証はできないんだけど…まあ、一人で頑張る立向居にご褒美ってやつかな。陽花戸の皆の分はないから、ないしょね?」

特に松林とか志賀には内緒ね、あいつらうるさいから。
そう言って笑う先輩は俺の頭を撫でながら笑ってくれた。夕日に照らされて、とてもきれいな笑顔だった。


「立向居からは目がはなせないな、とてもよく頑張っていて…私もがんばらなくちゃって思うよ」
「…でも、俺は…、俺は必殺技すら完成させることができない…だめな奴です…」
「……練習、付き合うよ」
「えっ」
「ほらほらクッキーしまって、立って立って!」

先輩はゴールの傍に転がっていたボールを取り、そしてジャージを脱ぎ捨てた。
俺は慌ててカバンの中にクッキーをおさめ、そしてゴール前に立った。その瞬間、潤先輩が燃え盛る夕日をバックに飛び上がった。放たれたシュートは美しい光を溢れさせながらゴールへと吸い込まれていった。あまりの美しさに俺は声がでなかった。


「大丈夫だよ立向居」


夕日に背を向けた潤先輩は、また笑顔を向けた。優しい笑顔だった。


大丈夫だよ。

それだけの言葉だったが、俺にとってはそれがとてつもなく大きな言葉だった。










放たれたシュートは、俺の体の横を通りゴールに吸い込まれた。
その瞬間、俺と潤先輩の視線が絡み合った。…たぶんそれは一瞬の出来事だったんだけど、俺にはとてつもなく長い時間のように思えた。
先輩の真っ黒な瞳を見ながら、俺は口を開いた。



「潤先輩、大丈夫ですよ」
「……!…君は、君の…名前は…」
「立向居、立向居勇気です」
「たち、むか…い?」
「っ、カーネル!そんな奴に構ってないでさっさと戻ってこい!」
「…あ、ああ…」


俺はバーンに引きずられていく先輩の後姿を見ながら、立ち上がった。
…さあ始めましょう、先輩。俺は絶対に先輩を受け止めてみせます。



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