練習に身が入らない。
ムゲン・ザ・ハンドを習得しなければならないのに、習得して…潤先輩を助けなくてはならないのに。……潤、先輩…。





入部したての俺はまだまだ何もできなくて。練習だってついていけなくて、自分の気の弱さに悩んでいたそんな時だった、潤先輩とはじめて話をしたのは。
潤先輩は校庭の隅で泣いていた俺の頭を優しく撫でてくれて、それから練習に付き合ってくれた。先輩のサッカーはとても優しくて強くて、パスを受けるたびに先輩の優しい思いが伝わってくるような、そんなサッカー。俺が先輩を尊敬するまで、そんなに時間はかからなかった。

潤先輩は陽花戸イレブンの中心のような人で、いつもみんなの中心に立って笑っているようなそんな人。
だけど、たまに見せる笑顔の裏に隠された悲しそうな表情を俺は知っていた。いつか、先輩の隣に立てるようになるその時が来るまで、俺は先輩を見守ろうと思った。


好き、好きなんだ。潤先輩のことが。
いつまでも一緒にいたいと思うし、今こうして離れていることが辛くてたまらない。それに、いつも隣にいたはずの潤先輩が、今は遠い存在に思えて仕方がない。
明日の試合…潤先輩と戦わないといけない。きっと、色々な意味で辛い試合になるだろう。…俺は、俺は…。




「……立向居、少し休憩するか!」
「綱海さん…はい」

今日もムゲン・ザ・ハンドの練習に付き合ってくれていた綱海さんにも気を遣わせてしまった。…なんて、情けないんだ俺は。






俺と綱海さんは夕焼けに染まる公園にいた。綱海さんは喋らない、俺はぽつりぽつりと話し始めた。


「俺は…戸惑っているんです、こうなることくらい予想は…できたのに。いざ先輩の姿を見たら、どうしても不安になってしまって」
「…まあ、な。俺も驚いた。本田のやつ、俺らのことを覚えていない様子だったからな」
「先輩は今まで何を抱えて過ごしていたんだろうか、とか…こうなる前にどうして気づけなかったんだろうとか、考えしまって…」
「じゃあ、その気持ちを明日の試合で本田に全部ぶつけてみろ」
「…試合で、ぶつける…」
「誰かを大切に思う気持ちっていうのは、伝えないとだめだ。伝えてぶつけて初めてお互いの気持ちがわかるからな!」
「綱海さん…」


俺は潤先輩が好きだ。好きだから、助けたいと思う。力になりたいと思う。信じたいと思う。
…そうですね綱海さん、俺が一人でうじうじ悩んでいても何も変わらないんだ。だったら俺は、潤先輩にぶつかって、それから伝えてみせる。


「綱海さん、もうすこし…俺の練習に付き合ってください!」
「…ああ、頑張ろうぜ立向居!」


待っててくださいね、潤先輩。
















「グラン」


急に呼び止められて、俺は足を止める。振り返った先にいたのはチームメイトのネロだった。
普段は無口で無表情な奴が少しだけ怒ったように俺を見ている。…彼の用件なんてすぐにわかって、心の中で嘲笑いながら返事をする。


「なんだい、ネロ。なにか用事かな?」
「…潤のことだ」
「潤?なにかあったのかい?」
「しらばっくれるな!」


俺が肩をすくめると、ネロはさらに怒ったように続ける。
…こいつは潤とお日さま園で一番仲がよかったんだっけ。それに、確か潤が倒れていた時にもそばにいた。…。


「ごめんごめん、潤の副作用について、だよね?」
「なんでそのことを知っててあんなことをしたんだ」
「これさ、バーンの奴にも話したんだけど…。じゃあ聞くけど、他に方法はあったのかい?こうすることでしか潤は俺たちのことを思い出さなかったし俺たちの元へ戻ってこなかった。それにアイツらのことを忘れなかった…違うかい?」
「……お前は、変わったな。お前だって、潤と仲が良かったじゃないか。…もう、潤のことなんてどうでもいいの「そんなわけない」…グラン」
「俺は潤のことが好きだよ。多分、ガゼルと同じ意味でね」

俺がそう言うとネロは目を見開いて俺を見た。…俺はそんなネロを無視してこの場を立ち去った。



どいつもこいつも、本当にわかっちゃいない。俺が潤をどうでもよくなるなんて、ありえないことだよ。
俺は潤のことを愛している。昔お日さま園で浮いていた俺に唯一優しく話しかけてくれた潤。皆の中心で笑う潤が俺には輝いて見えて、同時に憧れでもあった。
だけど、彼女は俺の知らぬ所へ行って、俺のことなんて忘れて、そしてまた誰かの中心で笑っていた。それがとてつもなく憎かった。
だから、多少危険な方法でも潤を近くに置いておきたかった。たとえ副作用で心が壊れても、俺は潤が欲しかったのだ。

歪んでるなんて、今更だよ。
涙なんて、5年前に彼女が居なくなってからとっくに枯れ果てたよ。

狂ってるなんて、知らないよ。



20130527 修正
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -