「ばかやろう!なんでこんなことしたんだよっ!」
「…」
「おい、きいてんのかよ!こっちみろ潤っ!おぼれかけたんだぞっ!?わかってるのかよっ!」
「ぼ、ぼくがわるいんだよお…!ぼくがうさぎさんのおにんぎょうをかわにおとしちゃったから…」
「いいよ、…くん」
「よくねーよっ!しんじゃうかと、おもった、」
「…」

草の上にぺたんと座った私。そんな私を見下ろしながら喋る男の子。そしてそんな私たちをオロオロしながら見つめる小さな子。
私の右手は可愛らしいあみぐるみのうさぎを掴んでいた。それにしても何で私と喋っている男の子はびしょ濡れなんだろう。
びしょ濡れの男の子は、泣き始める。そんな男の子に小さな私は声をかける。

「おにいちゃん、なかないで」
「…ばかやろう。おまえが、潤が…いなくなったら、いやだから、なきたくないのに、くそっ」
「いなくならないよ。おにいちゃんのまえから、いなくならないよ。なにがあっても」
「なにが、あっても?」
「うん。…くんも、きにしなくていいからね?だからないちゃだめだよ。おとこのこはつよくならなくちゃ。はい、これ。こんどからはきをつけるんだよ?」

私が小さな男の子にうさぎのあみぐるみを渡すと、男の子はふにゃりと笑う。
「おにいちゃん」を振り返ると、自分の服を絞っていた。そこからぽたぽたと水が零れる。

「おにいちゃん、たすけてくれてありがとう」
「…こんどから、こまったことがあったらおれをよべよ」
「うん。…もうかえらないと、おとうさんがしんぱいするよ」
「そうだな。…かえるか、きっといまごろ…あたりがなきながらしんぱいしてるぜ」
「なきむしさんがおおいね」


プツン
そこで目の前が真っ暗になった。




「ん、んっ…」
「潤先輩っ!」
「たち、むかい?」
「良かった…目を覚ましたんですねっ!」
「…?」

また、だ。またあの変な夢…。
今回出てきたのは、小さな子と「おにいちゃん」。
…小さな男の子ははじめて見た。おにいちゃんの方も、今までは話に出てきただけで、本物を見るのははじめてだ。だけど、あの二人のことなんて知らない。お兄ちゃんって呼んでたけど、あんな子知らないよ。…やっぱりただの夢なのかな?
うーん…わけが分からない。意味も分からない。何も分からない。…なんだか別の世界みたいで、楽しいけど。

そんな事を考えていると、ゆさゆさと揺さぶられた。考えるのを止めて立向居の方を見ると、心配そうに眉を寄せていた。

「先輩、もしかしてどこか悪いところでも…」
「ん、ああ…大丈夫だよ。少し考え事をしていただけだから」
「…そう、ですか」
「うん」
「…あの、先輩。俺、すみませんでした。…一人で勝手に怒って、それで…。先輩が溺れたのを見て、俺…先輩に謝ることができないまま、終わっちゃうのかって、思って…それで…!」
「落ち着いて立向居。私のほうこそごめんなさい。夜更かしなんて、気が抜けてるよね…。立向居が怒るのも当然だよ」
「…へ?」
「…ん?」
「…い、いや…。なんでもないです」

少しだけ複雑そうな表情を浮かべる立向居。あれ、また何かしたかな…

「あのさ、立向居。言いたいことがあったら遠慮せずに言うんだよ?」
「…え、あ…はい。分かりました」
「ところでさ、今どういう状況?私、海で足をつった所までしか覚えてないんだけど…」
「えっとですね…あの後先輩を助けてくれた人がいたんです。サーファーの人なんですけど…」
「サーファー?」
「ええ、この島に泳ぎに来ていたらしいんですけど…。その人がこの小屋まで運んでくれたんです」
「そっか…もう行っちゃったの?その人」
「はい、先輩を降ろすとそのまま出て行きました…。それと、他の皆さんは砂浜で練習中です」
「砂浜で?…あはは、みんなのやることは本当に予測不可能だなあ…。ところで、立向居…もしかしてずっとここにいてくれたの?」

潤が聞くと、立向居は気まずそうに首を縦に振った。
ああ、気を遣わせてしまったな…。

「ごめんね、…練習したかったよね」
「あ、謝らないでください!俺が先輩と一緒にいたかっただけですから!」
「…ありがとう。私はもう大丈夫だから、練習に行っておいで?」
「だ、駄目です!今日は俺、ずっと先輩の傍にいますから!」
「…立向居、…じゃあお言葉に甘えようかな」

立向居は結構頑固だ。一度決めたことは揺らぐことはない。だから誰が何と言おうとも聞かないのだ。
潤は笑いながら彼の頭を撫でていると、小屋のドアが開く音がした。
…入ってきたのは目金だった。気まずそうに視線をそむけながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

「あ、あの…その。本田…さん」
「うみちゃんは無事だった?」
「え、あ…はい。多少塗装は剥がれていましたが、幸いなことにうみちゃんの可愛い顔にはまったく傷一つ付いていなくて…「目金さんっ!」

立向居が立ち上がり目金に詰め寄る。…はあ。

「立向居、いいよ」
「っ…でもっ!」
「ぼ、僕を庇わないでください、本田さん。僕が自分で取りに行けば、あなたをこんな目に遭わせる事は…」
「目金が謝ることでもない。私が勝手にした事だから、溺れたのも全部私のせいだよ」
「で、ですがっ!全ての原因は僕がうみちゃんを海に落としたことなんです…!本当にすみませんでした…」
「…じゃあもう謝るのはなし。私は大丈夫、うみちゃんも無事だった。これで万々歳じゃない」
「本田さん…」
「ね?大丈夫。あ、でも約束は忘れないでね?お菓子たーっくさん頂戴ね?」
「…え、ええ!もちろんですよっ!今から近くのコンビニで買ってきます!」

目金はそう言うと、急いで小屋を後にした。
立向居を無理矢理座らせると、彼は頬を膨らます。

「…先輩は、優しすぎますよ」
「立向居…心配してくれてありがとう」
「…潤先輩、いなくならないでください。俺、先輩が溺れた時、頭が真っ白になって…怖くて…っ。だからっ!」

(いなくならないよ。おにいちゃんのまえから、いなくならないよ。なにがあっても)

頭の中に、今日見た夢で私が言っていた言葉が浮かぶ。…大丈夫だよ、大丈夫。
震える立向居を優しく抱きしめて、潤は言葉を何度も繰り返す。

「大丈夫、いなくなったりなんかしない。大丈夫だよ」

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