ファラム・オービアスは今、どうしようもない絶望下にあった。この星以上の大きさのブラックホールがすぐそこに迫っているのだ。そこで浮上してきたのはこの星を捨て、他の星へ移り住むという話だ。ボクはファラム・ディーテの人間だから、優先的に上位惑星に住めることが決まっている。まったく、ありがたい話だよねぇ。…ただ、貧困層の人間はどうなるのだろう。この計画を推し進めているのはララヤ様ではなく、あのドノルゼン様だ。…ま、恐らく、いや絶対に貧困層の人間のことなど考えてもいないだろう。富裕層の人間からチケットは買われていくが、もしかするとそれはファラム・オービアスの人間すべてには行き渡らないかもしれない。いや、まずあのチケットは貧困層の人間が手に入れられるような値段ではない。まあ手に入らなかった場合、そんなやつらはこの星と一緒に死ぬ運命になるんだろうねぇ。

今までのボクだったら、そんなことどうでも良かったんだろうけど。……どうも、最近名前の顔が頭にチラつく。なんで、ボクはこんなにもアイツのことを気にしているのだろうか。ほら、今だって…。
ボクは仕事をしている名前を盗み見る。…なんで、こんな、ボクはストーカーみたいなことをしているんだ。…馬鹿らしい、帰ろ。
溜息をつきながら王宮に向かおうとすると、後方が騒がしくなる。チラリと視線を向けると、彼女は子供たちに話しかけられていた。…いや、話しかけられている、なんて微笑ましいものではない、囲まれて、暴言を吐かれていた。「コイツ、スラム街の奴なんだって、母さんが言ってた」「うわー臭い!それに着てるものも汚いし、ゴミみたいだな」「うちの父さんも言ってた!こんなやつらがいるからオービアススクエアの街が汚くなるんだって!」


ファラム・オービアスの人間からしてみたら、スラム街の連中は汚いゴミでしかない。汚い水をすすって生きながらえているような連中だ、街に出てはゴミを漁り食いつないでいるような連中だ。…子供たちが、口々に気持ち悪いと彼女に投げつける。だけど、名前は笑顔のままだった。………。






「馬鹿みたいって、思わないわけ?」
「……それでも、私には待っていてくれている人がいるんで、頑張らないといけないんです」
「…あの死にかけの老人?」
「私の大切なおじいさんです」
「……馬鹿みたい」
「…私、名前って言います」
「……ボクは、…ロダン」
「ロダンさんですね」
「別に敬称なんていらないし、…敬語もいらない」
「じゃあ、ロダン?」
「…」



温かかった。ボクにとっては生ぬるい温かさだったけど、不思議と嫌な気はしなかった。ただ、どうしていいか分からなかった。ボクは、名前の顔をまともに見ることが出来なかった。何も言わないボクを名前が心配そうに覗き込んできたのですぐに顔を逸らす。


「ロダン?」
「…うざい。」
「あはは、ごめん…」
「お前」
「ん?」
「お前…ブラックホールがきたら、どうするの?惑星移動用のチケット、買えるわけ?」
「せめて、おじいさんの分は買ってあげたいな」
「…死にかけてるのに?」
「私にとっては何よりも大切な、たった一人の大切なおじいさんだから」
「それ、さっきも聞いた」
「あはは、口癖なのかもしれない…」
「、馬鹿じゃない」


名前は困ったように笑う。こいつは、本当に馬鹿だ。本当の本当に馬鹿だ。それからボクは名前を見ずにこの場を立ち去った。そんな二日後に、ファラムのスラム街で殺人事件が起きた。既に現場検証は終わったみたいで、遺体もすべてなくなっていた。だが、汚らしいスラムの通りの上に僅かに血が擦れた様な跡が見えた。
その上に花を手向ける名前の後姿を見て、ボクは再び彼女に近づく。名前の両肩はひどく震えていた。



「ロダンはすごいね、」
「、……」
「私が、寂しいなって思うときに必ずきてくれる」


ボクが来ていたことに気づいていたようだ。名前はボクのほうを一切見ずに、続ける。



「亡くなったのね、いつもお世話になってたおじさんなんだ。スラムのみんなのご飯を見つけてきてくれるの、とっても優しい人だったの」
「犯人はね、まだ見つかってないんだ」
「……、やっぱり、この環境はよくないなって、最近思うの」
「決して不幸せなわけじゃないけど、これから成長していく子供や、お年寄りには酷な環境なんだよね」
「どうにかしたくて、今できることをやってるんだけど、…それでいいって、いつかは報われるって思ってたけど…でも、いつかじゃ駄目なんだなって、思ったの」



名前はそう言って笑った。ひどく悲しい笑顔だとボクは思った。そして、無意識に手を伸ばしていた、名前に手を伸ばしていた。そして、無意識にボクの口はこう言ったんだ



「ねえ、名前。お前、金が欲しいならボクに仕えたらいいよ、今より給料なんてずっと良いと思うよ」








………




あの時何故、ボクはあいつにあんなことを言ったのだろう。本当に、咄嗟に出てきた言葉だった、…ボクの言葉に頷くアイツもアイツだ。…でも。
だが、不本意だけど、本当に不本意だけどこれからが楽しみで仕方なかった。






20140331

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