また、あの夢を見た。ボクにとっては良いことなんて全くない、忌々しい記憶。幼い頃閉じ込められていたあの狭くて四角い部屋、ボクのことをまるで腫れ物のように扱う実の親。すべてが憎くて嫌いで嫌いで仕方なかったあの頃の、夢。
真っ暗以上の暗闇の中で、ボクはもがいた。ボクはあがいた。それでも纏わりついた黒は簡単には離れてくれなくて、苛立つ。

ふいに、花の甘い香りが漂った。暗闇の中にいたボクは前を見る。一筋の光の中に、小さな花畑が見えた。あの子が見えた。ボクは手を伸ばした、あの子もボクに手を伸ばした。手と手が触れる前に、はじけて消えた。そして、目が覚めた。



ボクは飛び起きて辺りを見回す、薄暗い室内、ファラム王宮の中にある自分の部屋だった。まとわりつく汗が気持ち悪い。ため息を吐いてベッド脇に置いておいた魔法瓶の蓋を開けて、口に含んだ。前半はいつも通りの夢、そして後半は初めて見た夢だった。夢の中に、あの女が現われた。あの、お人よしでどうしようもなく汚い女。夢の中のボクは女に手を伸ばしていて、……。はぁ、意味不明だ。
ボクは再びため息を吐いた後、ベッドから抜け出した。まだ早いけど…練習、でもしようかな。









ボクは忌み子だった。望まれずに、産まれてきた子。忌み子。実の親から愛情らしい愛情を受けたことなんて一度もなかった。顔の赤は、忌み子のあかし。おとぎ話みたいな話だけど、大昔のファラムには鬼が存在していて、ボクの家は人と対立を繰り返してきた鬼を捕え殺す仕事をしていたらしい。まあ、鬼と人は結局和解して今のボクらのような、頭から鬼の角の生えた人、鬼と人が混じったファラム人となったんだけど。ああ、例えばバルガなんかは鬼の血のほうが強いみたいで、ファラム人といっても色々違いはあるのだけど。まあそれは置いておいて。

鬼と人が和解し混ざる前、ボクの祖先が末代まで続く呪いを鬼にかけられた。それ以来ガスグス家には鬼に呪われた子が、稀に生まれてくるようになった。仲間を殺された鬼の恨みが呪いとして、ボクの身体に埋め込まれているんだ。まず、ボクは大人になることができない。そしてボクはほかの人より頑丈で力が強くて、…ほかの人の倍生きるんだ。気持ち悪いだろ。まあ何度も言われてきたから、ボクはもう何も感じなくなってしまった。

産まれてすぐにボクは隔離された。呪われた子だから、忌み子だから、望まれた子ではなかったから。そして力があったから、単純に恐ろしかったのだろう。
ただボクはそのまま黙ってあの狭い部屋で一生を終えてやるほど聞き分けの良い子供じゃなかったから、物心つく前に“家出”をした。家の奴らを少しだけヤッちゃって、そのまま逃げた。それから、まあ色々あってボクの身体能力を知った王宮に拾われて、そのままここで紫天王の地位まで上り詰めて、昔とは正反対のような環境で暮らしている。


ボクはどこにいっても目立つ容姿だから、普段は無駄な争いを避けるためにフードを被ってるんだけど、あまり意味は成していないようで、一人で街に出ればよく絡まれる。ボクみたいな呪われた奴が王宮で悠々と暮らしているのが気に喰わないんだろう。でもそんな奴らはボクの身体能力のことをよく理解していないようで、ボクのことをその辺の子供と変わらない程度の力しか持っていないと勘違いしているのだろう。本当に馬鹿だ。最初の頃は足を折ったり腕を折ってやったり色々してたけど今はめんどくさくなってそんな奴らの処理は全部王宮に任せている。

ファラム・ディーテのやつらは馬鹿みたいな理由で突っかかってくる奴なんていなくて、…まあ馬鹿すぎて相手にするのも面倒だったりすることもあるし、生意気なやつもいるけど、別に嫌いじゃない。……ただ、満たされない。何が満たされないのかも、分からないけど。ボクの心には穴が開いている。だから、こうしてたまに、思い出す。夢として、思い出すのだ。




ただ…今日は、少しだけ違ったけど。………そういえば、ボク、アイツの名前知らない。











無意識に、足を運んだスラム街。相変わらずドブ臭くて陰気くさい場所だ。いつもより深く被ったフードからチラリと目を覗かせ、辺りを見回した。


「名前!」
「はい、なぁに?」
「!」


いた。あの女だ。この間と同じ格好で、小さな広場の真ん中にあるたき火で何かを焼いていた。歯の抜けた小汚いオッサンが、笑顔で女に話しかけている。女の周りには子供がたくさんまとわりついていて、食事をねだっていた。……アイツ、名前っていうのか。


「食事の世話、いつもありがとうな」
「ううん、おじさんがいつも食材を見つけてきてくれるから、こうして食事の準備ができるんだよ。私もありがとうの気持ちでいっぱいだよ?」
「ゴミ捨て場の中の食材で申し訳ないな、オレの足が良ければ、仕事ができるのになぁ」
「ゴミ捨て場でもなんでも、みんなが食べれてるんだから、大丈夫だよ。それに、最近私も少しお金が入るようになってきたの。大人になったら、もっとちゃんとした仕事もできるから、そしたらおじさんやみんなにご馳走を作れるよ」
「名前姉ちゃんお腹すいたー!」
「あ、ごめんごめん。今準備するからもうちょっとだけ待っててね」


名前はスラム街の中心人物のようだ。誰にでも変わらない笑顔で接している。スラムの人間たちに食事を配り終えた後、小さな盆を持って布で作った敷居の中に入っていったので、他の奴らにばれないように後をつけた。切れ込みの隙間から覗くと、この前もいた汚らしい老人の身体をゆっくりと起こす名前の姿が見えた。名前は老人に優しく語りかけながら、食事の世話をしている。老人は喋ることができないみたいで、しわがれた声を漏らしながら食事を食べさせてもらっていた。

時々咳き込み食べたものを戻してしまう、どうしようもない老人を名前は愛おしそうに見つめる。



「おじいちゃん、昨日はお花が一輪売れたのよ」
「小さな女の子がね、買って行ってくれたの。とても可愛らしい子だったよ」
「私があの子くらいの歳の頃、おじいちゃんよくファラム王宮の前を散歩に連れて行ってくれたよね」
「なんだか、思い出しちゃった。懐かしいなぁ」
「王宮、とても綺麗だよね。キラキラで、とても素敵だった。おじいちゃんが元気になったら、また手を繋いで行こうね」



老人を寝かせた後、名前は食器を片づけ始めた。そして、小さなパンを一口だけ齧って、それから花の積まれた荷台へ向かう。まさか、あれが彼女の食事なのだろうか。少しだけ驚き、だがそのまま見守る。どうやらこれから彼女は仕事に向かうようだ。
働いて働いて、面倒を見て自分の取り分はほとんどゼロ。本当の本当にアホだ。もっと、楽な生き方を選べるだろうに、なんで他人の犠牲になるような生き方をわざわざ選ぶのだろうか。ボクには全く、理解が出来ないよ。



「…お人よしの馬鹿女」


そして彼女のことを気にしている自分自身のことも、全く理解が出来なかった。




20140206



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -