甘い香りに誘われて、ボクは視線をさまよわせる。見つけたのは荷台いっぱいの花。ブラックホールが近づき薄暗いファラム・オービアスの街中で、その美しく色鮮やかな花は浮いていて、思わず立ち止まって眺めてしまった。隣を歩いていたバルガもまた、珍しそうに花を見ている。


「あの花売り、またいるのね」


ヒラリのその言葉に、荷台の前に立っている女に視線を移す。………あれ、アイツ。
同じく視線を移したのだろう、バルガが少しだけ眉を寄せる。そして憐れんだ目でその花売りを見た。みすぼらしい服を着た女、スラム街の人間だという事がすぐに分かる。そして何よりアイツは、この間ボクの怪我の治療をした、あのお人よしだった。
ヒラリの言葉から察するに、彼女はいつもここで花を売っているのだろう。

だが、彼女はスラム街の人間とすぐに分かる。きっと関わりたくないのだろう、通りすがる人はみんな、彼女と荷台を避けていた。


「あの様子じゃあ商売にならないでしょうに」
「なら買ってやればいい、あの荷台丸々買ってやるほどの金は持っているだろう?」
「いやよ、花なんて必要ないわ」
「おっ客だ」


ガンダレスの声に再びあの女に視線を戻すと、数名の男たちが彼女を取り囲んでいた。女は満面の笑みで男たちを迎える。だけど、あれどう見ても…。
ヒラリも同じことを思ったようで、男たちに冷めた視線を送っている。

一言二言言葉を交わしていた様子だったが、唐突に男の一人が、彼女の腕をとった。厭らしい笑みを浮かべる男たち。…ま、確かにあの女、みすぼらしいけど顔はマシだしね。ま、ボクは興味すらわかないけど。女は、馬鹿なのかこの状況でも笑顔を絶やさない。
すると、男の一人が女の腕を引いた。強引に、どこかに引っ張っていくつもりなのか。さすがにまずいこの状況に、ヒラリが焦りの声をあげる。なんだよ、ボクらには関係のない話じゃないか。そう思いつつ、もう一度女に視線を向ける。きっと焦りで表情を歪めているだろう。…そう思ったのだが、女は抵抗はしていたが、笑顔のまま、笑顔のままだったのだ。ふつふつと怒りが湧いてくる。アイツは馬鹿なのか。もっと抵抗すればいいのに、嫌がればいいのに。馬鹿なの?

ボクは持っていたボールを怒りにまかせて蹴り上げた。大きな音を立てて荷台が崩れ落ち、男たちはその下敷きになる。ボク以外の全員が、驚いていた。




「だ、大丈夫ですか…?」



女が真っ先に心配したのは下敷きになった男たちだった。このバカ女、ボクがボールを蹴らなかったらあいつらに何されてたか分かんないのに。突然のことに荷台の下から出てきた男たちは怒りの声をあげたが、ボクら紫天王の姿を確認するやいなや顔を真っ青にしてこの場を立ち去った。


「あなたこそ大丈夫なの?」
「あ、はい。ちょっと、困ってたので良かったです…痛い思いをしたあの人たちには申し訳ないんですけどね」
「花…ボロボロになっちゃったな」
「ロダン、やりすぎだぞ」
「……」
「いいんですよ、…あの、ありがとうございました。助かりました。………?あれ、あなた…」
「、っ…」
「おいロダン!」




ボクは背を向けてこの場を立ち去る。照れているわけじゃない、アイツに顔がバレてしまったからでもない。ただ、どうしようもなくイライラしたからだ。なにが「いいんですよ」だ。商売道具がボロボロになったんだよ?もう使い物にならないくらいボロボロなんだよ?なのに、馬鹿じゃないの?お人よしすぎて反吐が出るよ。あのお人よし大馬鹿女、ほんとキモイ!




「気難しいやつなんだ、許してやってくれ」



後ろからリュゲルの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。マジで、ほんっと、黙れ!





20140206

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テーマ「人外ファンタジー」
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