その少年は、信じる強さを持つ星の名前を持っていた。9歳の年齢らしく、やんちゃでいたずら好きな面はあったが、思いやり強く、根はとても優しい少年だった。その少年が強く愛していたものは「家族」だった。
しっかり者でハキハキとした母に、天然で穏やかな父。料理が上手な祖母と、厳しいが公明正大な祖父。そして少年が一番懐いていた、8つ年の離れた姉。
少年は、明るく優しい姉が特に大好きだった。いたずらで怒られた時も庇い、辛いときは慰めてくれた。どんな些細な事にも、凄いねと誉めてくれる、花のような姉。
その日、少年は歴史の授業を受けていた。
眠気を誘う教師の声をぼんやりと聞き流していた時、突然、地震ような激しい揺れを感じた。揺れはすぐに治まったが、頭を激しく揺さぶられたような眩暈に気持ちが悪くなり、数秒間じっとし耐える。
眩暈が治まってすぐに教室を見渡すが、不思議な事に、何事もなかったように皆平然としていた。
そして、もう1つ奇妙だったのが、教師が話す歴史の内容が先程と全く違っていたということ。
言い知れぬ不安を抱きながら授業を終えた直後、すぐさま前の席の友人に、地震や急に変わった授業の内容の事を確認をした。すると、友人はひどく驚き数秒後。目を丸くしたまま、
「お前だれだ?」
と眉を寄せた。クラスにこんなやついたか?と隣の席の女子生徒に確認し、
「え、誰?いつのまに?…あなた転校生?」
女子生徒にも困惑気味に返された。
その波紋は教室中に広がり、
「転校生?」「誰?」「なんでいるの?」「となりのクラスの子?」と騒がしい。普段いたずらばかりしているから、仕返しかとも少年は思ったが、そんな仕返しに付き合いそうにもない真面目な委員長も、大根演技の友人も、皆が本気の目をしている。
理解出来ずに固まっていると、ホームルームの時間になったのか、担任が教室へと入ってきた。少年は安心した。
担任は、冗談を知らない真面目すぎる程に真面目で、嘘など付けない人間だった。
こんなに担任が頼もしいと思ったのは初めてかもしれない。さあ、早くこの茶番を終わらせてくれと、期待と安堵の気持ちから顔が緩んだ。担任は騒ぐ教室をぐるりと見舞わした後、少年を見て言った。
「君どうしたんだい?教室間違えたのかい?」と、少年とは初対面のように、答えたのだ。
いたずらを繰り返す度に何度も叱られ、「君ほどのやんちゃでいたずら者は他に知らない。100歳を越えてボケたとしても君のことだけは忘れそうにもないよ 」とまでいった担任が。
恐怖のあまり、教室を飛び出した。
まるで、世界から自分だけが切り取られたような感覚に、少年は激しく混乱した。
帰路を急ぎ、家族の元に帰ることだけを考えた。
少年は走って、走り続けた。あの、曲がり角を曲がれば、すぐに家がある。
はやく、安心したい。これは、冗談なのだと、夢なのだと。
家に帰ったら、家族に、優しい姉に慰めてもらおう。
走った疲れと恐怖で息切れ寸前の呼吸と、もつれる足を奮い立たせ、角をまがり家の前にでる。
そして少年は絶望した。
少年は、その日、家も家族も全て失った。
-2:世界に置き去りにされた少年