94:六つ
幸せで咲かせていた花が、…枯れた。
葵枝さん達を目の前で殺され、炭治郎君と禰豆子ちゃんと離ればなれになった今の不幸などん底の状況と救いのない未来を示唆しているようで、言い難い恐怖にかられた。
それに、不思議でしかなかった力だったけど、すでに当たり前なものとして、自分の一部になっていたので、手足をもがれたかのような感覚にも陥いった。
生き返ったことの代償なのかどうか分からないけれど、正直、旅賃の工面も花売りでどうにかするつもりだったので、より不明瞭になった旅路に、不安で足がすくむ。
「……や」
言ってはいけない弱音を吐きそうになって、慌てて飲み込む。どこかで生きている二人に再会するためにも、今はとにかく前に歩き続けろと、前を見ろと、無理矢理自身を奮い立たせた。
すっかり日が暮れた宵闇。私は、山を降りた先の、2つの別れ道の前で立ち尽くしていた。
左側は、西に通じる道で、行く先々の山間には、小さな村や町が幾つかある。
右側は、北に通じる道で、大きな険しい山を幾つか越えると、鉄道の駅がもう少しで開通すると隣町で話題になっていた大きな町がある。
真っ直ぐ前を見ると隣町があり、町に入ってすぐの所に、通いなれた東の町への道がある。
町の中を真っ直ぐに突っ切った先には、南に進む道があり、東京府の中心地へと通じている。
東か、西か、南か、北か。
ケータイ等連絡手段がない今、炭治郎君と禰豆子ちゃんはどの道へと進み、今どこにいるのか。全く情報がない時点で無謀な旅と言ってもよい。けれど立ち止まる訳にはいかない。せめて最初の4分の1の選択肢は正解を導きだしたいのだ、が……。
考えて選らばなければと思うのに、身体は、自然と慣れ親しんだ道へと傾いていく。
「………しのぶちゃん、………蜜璃ちゃん」
大正時代での、唯一の友達である二人に助けを求めてしまおうか…。彼女達なら、助けてくれるかもしれない。一緒に炭治郎君と禰豆子ちゃんを探してくれるかもしれない。そういった甘い考えに、足を踏み出した瞬間。
「嬢ちゃん」
北路(ほくろ)さんが目の前に立ちふさがっていた。やはりいつもの快活な笑顔はなく、眉間に皺を寄せ顔をしかめている。
「行くのか…?」
北路さんは、炭治郎君と禰豆子ちゃんを探しに行くと、雰囲気で察したのだろう。主語のない問いかけに小声で返す。
「はい…。東の町から行こうと思っています…」
私の返事に北路さんは、更に眉間に皺を寄せた。
「悪いことは言わねぇ。東の町は辞めておけ」
「…なぜですか?」
「東の町にも、嬢ちゃんは死んだって話は知れ渡ってる。なのに嬢ちゃんが現れたら、………今朝と同じ事になる」
「………身を隠していけば」
「いつかはばれる。噂が広まるのは一瞬だ」
「……」
「嬢ちゃんが前話してた、東の町で知り合った友達だっけか?その二人と似た特徴の嬢ちゃん達が、雲取山に登ってく姿を見た」
「しのぶちゃんと蜜璃ちゃんが…」
二週間後に会う約束をしていたのに来ない私を心配して迎えに来てくれたのか、もしくは噂を聞いてお墓参りにでも来てくれたのか。どちらにしろ、二人は私は死んだものと思っているのだろう。なら、もしいきなり私が現れたらどう反応するのだろうか…。
二人なら大丈夫、受け入れてくれる、そうであってほしいという気持ちと、今の状況で二人に拒絶されたら立ち直れなくなる、怖いという気持ちが心の中をせめぎ合って、答えを出せない。
「正直俺でさえ、嬢ちゃんと以前のように接することができるか。変わった目でみねぇか。そう問われても、自信を持って首を縦には触れねぇ。…それと情けない話、町の中には…嬢ちゃんを気味悪がって、退治…追い出そうって話も上がった程だ」
気持ちが分からなくないでもない。私も逆の立場ならそう思っていたかもしれない。けれど真っ正面から突き刺さる言葉に、仲良かった知り合いや常連さん、友達…しのぶちゃん、蜜璃ちゃんから、拒絶される映像が脳内で再生され、胸に鋭い痛みが走った。
「東の町は辞めとけ」
北路さんは同じ台詞を、今度はゆっくりと諭すように言った。
「それに、炭治郎と禰豆子を見たのは、番傘の三郎爺さんだけだ。ってなると町を通る南の路と、東の路は可能性がない」
確かに、町を通る道に進んだのなら、目撃した人が三郎さんだけなのは不自然だ。その考えが正しいなら選択肢は絞られ、西か北になる。
西はなだらかな山が続き、合間に村や小さな町がある。
北は険しい大きな山があり、その先には都会がある。
なぜ炭治郎君と禰豆子ちゃんは、誰にも何も告げに出ていったのか。鬼や何かに追われ、隠れるためにあえて都会へと進んだか。それとも、逃げながらも新しい住処を探しに雲取山と同じような西へ進んだか。
(…………二人なら都会の北より、まずは田舎の西に向かいそう)
この一年見てきた、二人の考えや行動を予測した時にでた答えは、西に向かいそう。だけどこれだけでは決定打には欠ける。
「北の路を行け」
考えあぐねいていると、北路さんがはっきりと言った。
「え、北ですか…」
「山は険しいが、山道をひたすら進んでけば、その内でっかい町に出る。今鉄道の開拓で仕事も山ほどあるし、住処も見つけやすい。そこらじゅうの町から人が集まってかるからよ、どこか二人を見たって奴もいるかもしれねぇ。それと噂で聞いたんだが、輸血をすれば金をもらえるって話もきいた」
(住処、仕事、お金。人を探すなら人の集まる所。人を隠すなら人の中)
「噂は俺の方でなんとかしとく」
北路さんは、全てを話しきったと町の方へと向きを変え歩きだした。
「達者でな……」
北路さんが帰っていく背中に深々と頭を下げて、お礼を伝えた。そして、今度は東の町方角を見て、頭を下げる。
(しのぶちゃん、蜜璃ちゃん、また会おうって約束破ってごめんなさい。…どうか幸せに)
次に、隣町を視界いっぱいに写し、頭を下げる。
(皆さん今までお世話になりました。ありがとうございました)
そして後ろを振り返えり、竈門家があるだろう場所を長い間見つめてから、頭を下げた。
(葵枝さん、竹雄くん、花子ちゃん、茂くん、六太くん、今まで本当にありがとうございました。皆に出会えて幸せでした。……必ず、必ず炭治郎君と禰豆子ちゃんと再会して二人を守ります。そしてあの鬼を見つけ出して、必ず仇をとるからね)
竈門家の方角を何度も名残惜しく振り返りながら、全てに別れを告げ、私は、北の道へと進んだ。
※大正コソコソ噂話※
夢主は、炭治郎君と禰豆子ちゃんの二人なら、今の自分を拒絶することなく受け入れてくれると信じています。
隣町の人達が退治とか追い出すとか言ってたのは、町の中でもやはり鬼の存在を知る人が数人いて、死んはずの夢主が生きてる?!=鬼なのでは?!となったり、夢主を見た人が過剰に話したり、祟りだなんだと大騒ぎする人がいたりして、色んな憶測や噂が尾ひれをつけ、噂が一人歩きしている状態です。町では「死んだ夢主が恨みから生き返り、鬼のような顔で町の人間を殺そうとしている」みたいな、噂になっています。町の人達もパニックになっているのです。