89:四十九日

寒さに身を擦りながら山を下ると、山道に近い隣町のはずれで、染め物屋のソメおばあちゃんが草を採取していた。おそらく染色に使う植物を集めているのだろう。

「ソメおばあちゃん」

炭治郎君達を見かけなかったか聞いてみようと声を掛けると、ソメおばあちゃんは振り返えって私を見た。

「炭治郎君達こっちに来なかった?家中探したんだけど……………ソメおばあちゃん?どうしたの?」

呼びかけるといつも顔をしわくちゃにして、笑いかけてくれるソメおばあちゃんの顔は真っ白通り越して土色で、今にも昏倒してしまいそうだった。まるでおぞましい物に遭遇したかのように、私を指差す。

「な、な!おめさん…!なんで…!しん!」

身体は音がする程震え、呂律も回っていない。恐怖に戦く姿に、私の後ろに何か怖いモノでもいるのだろうかと思って、振り返るが………何もない。

「……ソメおばあちゃん?」

再度話かけると、ソメおばあちゃんは空気を裂くような悲鳴を上げ、町の方へと走っていった。

「……びっ、びっくりした」

急に大声を出され、驚きで心臓かバクバクと激しく鼓動する。
変だなと思いながらも、皆を探しに町に入ると、様子がおかしいのはソメおばあちゃんだけじゃなかった。
いつも花を買ってくれる常連の猫好きのお兄さんも、井戸端会議が大好きなおばさん達も、この一年で仲良くなった人達に声をかけても、顔色を悪くし悲鳴を上げて逃げる人、腰を抜かし動けなくなる人、中には気絶までする人もいた。皆、「出た」だの「南無阿弥陀仏」だの「祟りだ」だの、訳の分からない事を叫んでいて、…気付けば、私を中心として人だかりが出来ていた。
その中の一人、井戸端会議大好きおばさまのウサワさんが、恐る恐るといった様子で話しかけてきた。

「桜ちゃん、なのかい?」

ガヤガヤとした話し声が消え、水を打ったように場が静まり返えった。

「そうです、桜ですけど………」


肯定すると、また、悲鳴混じりのざわめきが戻る。

「本当に……桜ちゃんなんだね」
「はい…。さっきから一体何ですか?私何かしました?炭治郎君達を探しに来たんだけなんですけど」
「あんた……ーーーんじゃないのかい?」
「え?」

一部の言葉が霞すみ、上手く聴きとれなかったので聞き返そうとした時。人込みを裂くように割り込んで声をあげた人物が、私の前に躍り出た。

「嬢ちゃん!」
「北路(ほくろ)さん」
「騒ぎを聞きつけてきてみりゃ………こりゃぁ」

いつもの快活な笑顔はなく、初めてみる険しい顔つきに、反射的に萎縮する。伺うように北路さんを見た後に周りを改めて確認すると、皆が私を見る目付きが異常なのを、今更ながら理解した。
恐怖、警戒、嫌悪、そして遠くから私を野次馬のように見る好奇の瞳。
この光景には見覚えがあった。私が大正時代に遡った直後の、東の町の時と一緒だ。炭治郎君に助けてもらう前の、あの地獄のような苦痛に逆戻りしたような錯覚に陥り、胸が締め付けられ苦しくなる。


「本当に、桜嬢ちゃんだよな?」
「……正真正銘、……桜です」
「生きて、たのか………?」
「生きてたって…ひどくないですか?私、……ずっと…生きてますよ」
「なぁ嬢ちゃん…」
「私、炭治郎君達探しに来んです。気づいたら誰もい」
「嬢ちゃん、自分の姿わかってるか?」
「す、がた?」

北路さんの真剣な目が導くように、近くの家のガラス戸を見た。追って私もガラス戸を見る。未来のように、純度の高い透明さはなかったけど、自分自身を写すには十分だった。

「え…」

そこに映る人物は、記憶の中の自分自身とは大きくかけ離れていた。

汚れた素足のまま立ち、癸枝さんから貰った着物は全体的に黒いシミが付着し、土汚れもひどい。右袖は二の腕から先が破られなく、胸部には手の平大の穴。歩くときにずれたのか、左肩が部分がずり落ちていていた。

「……髪…、目…」

自身の髪の毛を触ると、ガラスに映った人物も同じ動きをする。
頭頂部から撫でつけた手は肩辺りで止まり、一房掴み視界に入れる。生まれた時から一度も染めたことの無かった黒は、真っ白に変わっていた。
そしてガラス戸に映る瞳をよく見てみると、灰色のような銀白色のような、色素の薄い色に変わっていた。

襤褸切れの様な黒いシミだらけの着物と老人のように白い髪、生命力の感じない色のない瞳。顔や手足には土埃。おどろおどろしい姿の中で、唯一バラの首飾りだけが、暗闇の中の希望のように、日の光を浴びキラキラと輝いて、逆に私自身の不気味を際立たせていた。

光ない瞳でガラス戸に映る人物を見つめるのは、本当に自分自身なのか。

「あ……」

ただ、言葉もなく呆然と立ち尽くしていると、北路さんが険しい顔のまま憐れみを含んだ声色で言った。

「今日は嬢ちゃん達の四十九日だからよ。せめて、花でも添えに行こうと数人で出かけようとしてた所だったんだよ」
「しじゅうくにち……」

それは、私の咲かせた花が枯れてしまう日。仏教では、亡くなってから四十九日目は最後の判定が下され、この世とあの世をさ迷っていた魂の行き先が極楽浄土か、地獄のどちらかに決まる日だ。





※大正コソコソ噂話※
隣町の人達からしたら、ただのホラーである。ちなみにおっぱいは見えてないよ。下乳がちょびっと見えてるくらい。
四十九日の話は37話です。

関連話 37


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